作品タイトル不明
524.前世の知識は封印しましょう
そろそろお誕生日の準備もしようかしら。私は個々に祝うのがいいと思うけれど、この世界の常識では年に一回、まとめてお祝いする。やはり世界の常識や慣習には従うべきよね。
休暇を与えたので、今日はリリーが休み。明日はマーサが休む。イルゼにも休みを与えたのに、結局彼女は仕事をしていた。そのほうが落ち着くと言われたら、無理に部屋にいなさいとも言えなかったわ。
この世界で私が変革するのは、間違っている。前世の知識は役に立ったり、便利だったりするけれど、悪い面もあるから。何も知らなければ、己の便利さのために広めるわ。でも公害や自然破壊の記憶があるの。この美しい世界を壊す可能性がある知識は、すべて呑み込んでしまおう。
可愛いレオンとローズ、その先の子孫に繋がるの。私が世界を壊す引き金を引いたら、子孫が迷惑するでしょう?
手記を書いて残そうと考えたこともあるけれど、誰が読むかわからない。そんな不安定な未来に、危険な知識を与えたくない。これが私の結論よ。だから育児の知識はレオンやローズに使うけれど、発展を促す記憶は封印すると決めた。
巻きスカートやガラスのボタンは、もう……仕方ないわよね。広まってしまったし、世界を変化させるほどの力はないはず。
「おかぁしゃま、これ」
今朝もあれが嫌、これも嫌と食事で我が侭いっぱいだった。でもレオンは歩み寄るの。すべてが嫌じゃないのね。
渡されたのは可愛い……何かが描かれた絵だった。たぶん、色から判断して私? ローズを抱っこした私だと思う。隣にある小さな四角と丸がレオンかしら。
「素敵ね。お母様とローズ、レオンかしら」
「うん、おとちゃまも……ここ」
離れた位置に描いてあった。これを見たら、ヘンリック様が拗ねちゃうわね。
「どうしてお父様は離れているの?」
「おちごと」
仕事に行っている設定なのね。なるほど、と頷いた。描いた絵を置いて、また机に向かう。夢中になって丸をたくさん並べた。私、レオンの絵の解読が上手になってきたのよ。きっと猫達だわ。
「あら、猫ちゃんかしら」
「んん。じぃじ……」
しょんぼりして手を止めてしまう。ああ、失敗したわ。ごめんなさいと謝って、たくさん抱きしめて黒髪にキスをして。紫の瞳が潤んで「いいよ」と言ってくれるまで甘やかす。
「いぃよ」
許してくれたレオンの隣で、私も絵を描いた。可愛い猫よ。どうかしら? レオンに見せたら、真剣に眺めたあとで首を横に振った。
「やぁ!」
あら、この絵にもイヤイヤされちゃったわ。