作品タイトル不明
519.領地領民を思うからこそ
ヘンリック様にお父様の話はしなかった。だって、お父様を泣かせたのは私だもの。なんだか言い出しづらかったの。
「エルヴィンと共に、領地で苦労したいと考えている」
翌朝の玄関でこんなことを言い出すまでは、もう終わった話だと思っていたのよ。お父様とエルヴィンは、領地にある屋敷に戻りたい。管理人と共に、立て直しに尽力するらしいわ。お父様が指揮を取ると危ないのでは? と思ったら、権限は管理人のままでいいんですって。
「だって、どうなさるの?」
「アマーリア、先に二人の話を聞こう」
冷静なヘンリック様は、仕事モードみたい。身内のことなので、取り乱してしまったわ。深呼吸して、食堂の椅子を勧めた。朝食は離れで取ってきたお父様達に、お茶を手配する。
「僕は領地経営を学びたいので、管理人のオスヴィンさんの補佐をしたいと考えています」
きちんと意見を口にしたエルヴィンは、頼もしく見えた。まだまだ子供だと思っていたのに、いつの間にこんなに大人になったのかしら。
静かにリリーがお茶を並べ、さっと壁際に下がる。フランクやベルントも一緒に立っていた。
「私は民を苦しめた愚か者だ。それでも民のために働けたらと思う」
領地の経営は今と同じで管理人が、補佐でエルヴィン。お父様は別に民と動く予定なのね。頷きながら聞いて、ちらりとヘンリック様の表情を窺った。
勝手なことを言い出したと怒らないかしら。だって、領地を治められない領主が、運営を丸投げしていたのよ。管理人をしているオスヴィンを雇ったのも、給料を払っているのもヘンリック様だわ。途中で私の予算から出そうとしたけれど、フランクに止められた。
「義父上殿は、具体的に何をする予定だ?」
「台風で壊れた橋を直していると聞いた。だが私に力仕事は無理だろう」
さすがにお父様も理解しているのね。ヘンリック様も無言で先を促す。
「子供達に勉強の機会を与えようと思っている」
提案書らしき書類を差し出した。受け取ったヘンリック様が目を通していく。三枚あった書類に目を通し、円卓に置いた。二枚目の下部分を指差す。
「ここの見通しが甘い。子供は立派な働き手だ。簡単に出してくれないだろうな」
学問を無料で教えると宣伝しても、未来の収入より現在の人手を優先する。平民なら当然だった。いつか手に入るかもしれないお金は、存在しないも同然なのだから。ここを説得するのが一番大変そうね。
「こういうのはどうだ? 学校へ子供を送り出せば、パンを持って帰らせる」
「親にとって損はない、と?」
お父様は驚いた顔をしたが、納得したみたい。ヘンリック様とお父様が始めるのなら、私も手伝いたいわ。
「なら、パンの代金は私の予算から出して頂戴ね。このくらいの手伝いはしたいわ」
二人の「いやいやいや」という遠慮らしき否定の声が重なって、顔を見合わせて皆で笑った。しばらく、寂しくなりそうね。