作品タイトル不明
509.お母様の形見を妹へ
緊急の仕事が屋敷まで追ってきたヘンリック様は、悪い知恵を付けてしまった。妻の体調が落ち着くまで、なんて言いながら書類を運搬させることにしたの。毎朝、出勤せずに書類が運ばれてきて、夕方に馬車で戻される。これでいいのかしら。
「オイゲン、明日には戻るのね」
うきうきするユリアーナは何を着ようかと、贅沢な悩みを溢す。オイゲンに褒めてもらったワンピースか、彼と一緒に選んだ服。どちらも素敵なのよ、そう言いながら手を組んでうっとりする。可愛い妹に「どちらも似合うけれど、これはどうかしら?」と新しい服を見せた。
水色のワンピースだ。シンプルだが質はいい。絹の光沢も美しく、フリルやレースがほとんどなかった。だが、背中に大きなリボンがある。ベルト部分を太くして、前面は縫い付けた。リボンが結べるよう、後ろに布が垂れる。スカートの裾には同色糸で刺繍も入っていた。
「すごい素敵、大人っぽいわ」
「お母様の形見なのだけど、もう私は着ないから。よかったら着て頂戴」
「ありがとう!」
嬉しそうに抱えて走る妹を見送った。私が母の形見を渡したことに、リリーは少しばかり驚いている。走ってくるレオンを受け止め、一緒に歩きながら説明した。
あのワンピースは裾が短い。刺繍が入っているため、解いて伸ばすのも不可能だった。公爵夫人である私には、もう着られない。でもまだ九歳の妹なら、長い間着ることができるわ。それに裾ではなくスカートの上の方を摘まんで縫ったら、長さ調整も楽だし。
「そういう事情でしたか」
「お母様は身長が高くなかったのよ。私はお父様のお祖母様に似て、身長がぐんと伸びたから。家族の中では大きい方なのよ」
お父様と並ぶけれど、弟妹はどうかしら。もし大きくならなければ、あのワンピースは大人になっても着られるわね。
貴族は外で同じ服を着ないと言われるけれど、実際はアレンジして着回している。公爵夫人である私も同じよ。そんな贅沢は夜会のドレスくらいでしょう。子爵家や男爵家なら、高位貴族の夫人や令嬢の中古ドレスを手直しして着るわ。
上質の絹だからできることね。ふと前世の着物を思い出した。何度も仕立て直して着用し、最後は雑巾になる。もちろん平民の話だから、絹ではなく綿生地でしょうね。絹なんて高額なもの、使い捨てにできない。
「あにゃ……どちたの?」
「新しいワンピースを試しに行ったの。あとで着るだろうから、褒めてあげてね。騎士様の立派なお仕事よ」
「うん。あにゃ、かぁいい」
ふふっ、猫のアイを褒める時と同じレベルだけど。明日が楽しみね。