作品タイトル不明
502.甘えさせる順番があるの
「終わったぞ」
勢いよく戻ってきたヘンリック様は、扉をゆっくり閉めた。私は起きていたけれど、レオンはまだ寝ているの。気づいてバツが悪そうな顔をして、静かに近づく。
「お疲れ様でした。こちらへいらして」
手招きで誘って、ベッドに乗るよう促す。レオンは私の右腕を枕に、ぐっすりだった。汗をかいているが、動かすと起きちゃいそう。ヘンリック様はレオンを包む形で横になった。枕に流れるさらりとした黒髪に、指先で触れる。
撫でるように左手を動かすも、捕まってしまった。彼は自分の頬に私の手のひらを押し当てて笑う。まるで幼子が母親にふれたように、素直に甘えてきた。可愛い、愛おしい。感情が溢れてくる。
「そろそろ名前を決めなくては」
「そうね。どれも素敵で迷うわ」
すでにある程度は絞られている。迷っているのは三つだった。かつて孤児を助けて聖女と崇められたローザリンデ様、美しさで歴史に名を残した王女ヴェルヘルミーナ様。最後の候補は、知力で王を支えた賢母エルヴィーラ様だった。
立派な名前ばかりで、名前負けしそう。そう呟いたら、意外な答えが返ってきた。この世界にも似た考えがあったけれど、まったく逆の考えが広まっているの。有名な人の名前を貰えば、その能力の一端が備わる……素敵な考えだわ。
慈悲の心と美しさ、知性……どれを選んでもあの子は幸せになれる。そう受け止めた方が、絶対にプラスだった。
「おか、しゃま……うぅ」
起きたのにまだ眠いのか、レオンは唸る。抱きしめて顔を胸に押し当て、ぽんぽんと背中を叩いた。羨ましいと顔に書いたものの、ヘンリック様は我慢している。後でね、と微笑んだ。
甘やかす順番があるの。我慢できないレオンが最初、次はヘンリック様。最後に赤ちゃんよ。なぜなら、今の時期の赤ちゃんの記憶は残らないもの。愛情を注がれれば、早く表情が出てくるなどの変化はある。でも覚えていないの。
自分の記憶を辿っても、お母様と何かを作っていた思い出がぼんやりと残る程度。年齢は不明だけど、両手で何かを弄っているし、自分で座っているから……少なくとも二歳くらいよね。
赤ちゃんが産まれてすぐ、上の子を我慢させて下の子を構う。お母さんが一人で育児をするなら、当たり前の光景だわ。目を離した一瞬が危険だった。気を張って目を光らせないと、いつ命の危険があるかわからない。赤ちゃんは弱い存在だった。
でも、幸いにして公爵家には手が足りている。乳母を雇い、侍女長のイルゼは助産師で、マーサも育児経験者だった。他にも探せば、子育てした母親や姉が出てくるわ。何かあっても、お医者様を呼べる状態も整っていた。
安心して任せておけるわ。赤ちゃんの扱いがわからない私は、彼女らの指導を仰ぐ必要があるの。頭でっかちな知識ではなく、経験に基づくコツを聞いて対応するわ。だから優先するのは、レオンやヘンリック様よ。
愛していると伝えて、抱きしめて、甘えさせて。記憶や心にしっかり刻んだら、赤ちゃんを構ってもヤキモチ妬かなくなるわ。もちろん赤ちゃんが成長してからも、レオンを優先して構っていくつもり。
「あんね、いもぉと……みる」
会いたいと訴え、リリーの付き添いで手を繋いで出ていく。置いて行かれて、ちょっと寂しいわ。