作品タイトル不明
496.本人が思うより馴染んでいた
翌朝、ユリアーナは朝食の席でオイゲンを捕まえた。そう表現するのが似合う、と侍女が話す。食事を運んだ彼女は、同僚と一緒に聞いてしまったの。
オイゲンは顔を真っ赤にして、僕も好きだと返したらしいわ。いつから一人称が僕になったのかしらね。好きな人の前では、猫を被るタイプなのかも。いろいろ聞いてから、お気に入りのソファーへ移動した。
オイゲンが実家に帰るのは数日後、それまで若い恋人同士はカウントダウンしながら過ごすのね。離れ難い気持ちは理解できる。お父様がいるし、オイゲンもしっかりした子だから、変な心配はしないけれど。
「おかぁしゃま、おいぇん……ないない?」
「オイゲンはお家に帰るのよ」
「おぉち……」
不思議そうにしている。気づいたら離れに暮らしていて、優しくされた記憶しかないんだわ。かつて泣かされたけれど、もう記憶の底ね。楽しくて嬉しい記憶が押し潰してしまった。
「ここ、おぉち……」
「ええ、ここもお家ね。でもオイゲンはお父様やお母様のいる家に帰るの」
よくわからなくてもいい。覚えておいて。オイゲンの帰る場所はティール侯爵家で、あなたはこのケンプフェルト公爵家に帰るの。皆そうして帰る場所があるのよ。頬を包んで話せば、レオンはくしゃりと顔を歪めた。
寂しい、悲しい、嫌だ。様々な感情が浮かんでいるはず。それもあなたの成長になるわ。ソファーに座った私の膝へ、レオンは頭を乗せて甘える。手に馴染む黒髪を撫でながら、小さな声で話を続けた。
「レオンはお父様やお母様と一緒がいいでしょう? 猫達も同じよね。だからオイゲンが帰る時は、いってらっしゃいと手を振って見送るの。泣いてもいいけれど、笑顔の方が嬉しいわ」
「……うん」
まだ難しいわよね。三歳になった子供だもの。でも大人が子供扱いして話さなければ、いつまでも覚えない。子供だって一人の人間だから、きちんと尊重したいわ。
「また帰ってきてね、と言えるかしら」
「うん……」
座り込みそうなレオンを抱き上げようとして、慌てたリリーに止められた。彼女が手助けして、レオンはソファーに座る。靴は自分で脱いで、床に転がした。揃えるリリーにお礼を言えたのは偉いわね。
「あにゃ……ないたう?」
もう泣いちゃったわ、でも。
「ユリアーナは強いのよ。きっと笑顔で見送ると思うの。レオンはどう?」
「できゆ」
きゅっと唇を引き結ぶ。幼子は周囲の変化をすべて糧にして、立派に成長するわ。母親はその手助けをするだけ。大きくなったら、もう構わないでくれ! なんて言われるのかしら。
ヘンリック様そっくりの息子が甘える姿しか、想像できなかった。