作品タイトル不明
494.赤ちゃんからの挨拶かしら
一人で出来ることが減って、歩き回れる距離が短くなった。屈めないし、体が重い。もし伯爵家の生活をしていた頃に、同じ状態になったら困ったでしょうね。
ユーリア様からお手紙が届いた。私宛なのですぐに開けたら、体調を気遣う言葉が並ぶ。その途中に、マルレーネ様のことが含まれていた。私のお腹が大きくて大変そうだから、訪問は控えた方がいい、と。パウリーネ様にも同じ忠告をなさったそうよ。
本当に気遣いの上手な方だわ。筆を手に取り、さらさらと時候の挨拶を綴る。それから気遣いへの感謝と、今後もお付き合いをお願いしたいと書いた。フランクにお茶を添えて送るよう頼む。
「おかぁしゃま、おわた?」
「ええ、終わったわ」
隣でぺたんと座り、絵を描いていたレオンは道具を箱に片付けた。きちんと端から詰めていくのは、ヘンリック様似ね。最後に紙束を重ねて、ぽんぽんと上から叩く。
「ぼくも、おわ、った」
ゆっくりと正しく発音する。そのことを繰り返し教えたからか、レオンはきちんと言い直した。上手だと褒めて、立ち上がるレオンを抱き寄せる。お腹が邪魔だから、以前のように密着できないけれど。
「いもぉと、いたいくない?」
「平気よ。お腹の中は大きな……お風呂みたいなの」
羊水をプールと表現しようとして、お風呂に置き換えた。公爵家の庭に池はあっても、プールはない。そもそも泳ぐ習慣がないのよ。だから分かりやすい例に変更した。
「おふ、ろ……」
「ええ。レオンもお風呂に入っていると体が浮くでしょう? お風呂に入っている感じで、浮いているのよ」
「おぼえ、ちゃう」
覚える? 溺れる!
「溺れないわ。あら……動いた」
ぽんと内側から合図を送るように、衝撃がくる。レオンの手を握って、お腹に押し当てた。しばらく待てば、またぽんと振動がある。蹴ったか、ぶつかっただけか。どちらにしろ、レオンは大喜びだった。
「ぽん、した!」
「ええ、お兄さんになるレオンに挨拶ね」
「ぼく、に?」
「ええ、レオンに挨拶してくれたの」
先ほどの衝撃を受け止めた手のひらを、大切そうに胸元へ運ぶ。それから眉尻を下げて、ふしゃりと笑った。
「おにぃたん!」
「赤ちゃんのお兄さんだわ」
興奮した様子でぐるぐると走り、私の近くで速度を落とす。ゆっくり近づいてお腹に手を当て、何もなくても嬉しそうに笑った。離れれば、踊るように部屋を回る。
「奥様、若君は……その」
「赤ちゃんがお腹を蹴ったのだけれど、嬉しかったみたいね」
不思議そうなマーサに説明すると、なるほどと頷いた。