作品タイトル不明
468.酸っぱいと言ったでしょう
妊婦の使う抱っこ枕は、実母が贈る習慣がある。この話は、夕食前にイルゼがこっそり教えてくれた。私の場合は実母がいないから、義母が用意するらしいの。でも義母も離婚されて存在しない。お父様がこそこそと作ったのは、そのせいもあるのね。
イルゼにお礼を言って、お父様達にも感謝を伝えた。夕食の席で言えて良かったわ。何も知らなかったヘンリック様は、感心したり驚いたり。お父様にいくつも質問をしていた。
同じ席に着いたけれど、私は大根おろし一択。レオンは不思議そうにして、私の大根おろしを欲しがった。
「ぼくも」
「酸っぱいと思うわよ」
やめた方がいいと伝えたのに、ぱくりと口を開けて待っている。食べさせたら理解するかも。少なめに口へ入れた。
「うっ……にゃぁ!」
今の声、可愛いが過ぎるわ。ちょっとどうしたの? 頬を両手で包んで、眉間に皺を寄せ、唇を尖らせている。レオンの様子から、やっぱり酸っぱかったみたいと判断した。
「おかぁ、しゃま……これ……ちっぱい」
「酸っぱいと言ったでしょう? お母様はこれを食べるけれど、レオンはこっちよ」
ほんのり甘い南瓜のスープを口に運んだ。じっくり眺めて匂いを確認し、ようやく安心して食べる。また酸っぱいと思ったのかしら。
「俺も……」
なぜ、酸っぱいとわかっていて欲しがるの? ヘンリック様も欲しいと強請る。拒むのは簡単だけれど、きっと落ち込んでしまう。想像できるので、少なめに差し出す。
「どうぞ。あーん」
ぱくりと口を開ける表情は、レオンそっくり。いえ、逆だったわ。レオンがヘンリック様にそっくりなのね。
「っ、……こんなに酸っぱいのか」
酸味の苦手な男性も多いと聞く。ヘンリック様もその一人みたい。きゅっと顔を顰め、酸っぱさに耐えていた。ふふふと笑いが漏れる。我慢しようと思ったのに、溢れてしまった。
「これで平気なのか?」
「ええ、あまり酸っぱさを感じません。美味しく頂けますわ」
「妊娠とは不思議だな。体がそこまで変わってしまうとは……」
食後に寛ぐ絨毯の部屋で、イルゼから妊婦に対する注意事項を聞く。過度に心配しすぎてもいけないこと。歩く際は躓かないよう注意して、気遣うこと。お腹や体に勝手に触れないこと。お腹が大きくなってからの話は、また後日となった。
一度に大量に詰め込んでも、忘れてしまうもの。出産経験があって頼りになる……まるで母親のようなイルゼの存在に救われているわ。そう伝えたら、彼女は泣き出した。絶対に無事にお子様を取り上げる! と息巻いているけれど、お産の手伝いはお医者様じゃないの?
「奥様、助産婦という仕事がございます。既婚で出産経験がある夫人が認定された役割です。私も資格を持っております」
イルゼが有能過ぎて、びっくりしたわ。