作品タイトル不明
465.亡き母からの祝福
私の悪阻に関する症状は、貧血もあって目眩と吐き気、それから倦怠感だった。吐き気の影響なのか、食欲も減退している。以前はお腹が空いても我慢していたのに、食べ物がたくさんあるのにお腹が空かないだなんて。贅沢すぎるわ。
そう思ったのに、レモン汁を掛けた大根おろしは、するすると喉を通った。スッキリして吐き気もない。何より驚いたのが、酸っぱさを感じなかったこと。レモン汁は搾りたてで、すごく酸っぱいはず……匂いは酸っぱそうだけど。
「おいしい……」
「カロリーネが残したお祝いだな。この大根おろしにたどり着くまで、苦労していたんだ」
同じような症状で苦しみ、様々なものを食べたり飲んだり。工夫してようやく辿り着いた頃には、悪阻も終わる時期だったと苦笑いするお父様。お母様が苦労して見つけた味が、今の私を救っているのね。
「ユリアーナにも……伝えてあげなくちゃ」
あの子もお母様の娘だから、将来、必要になると思う。笑顔でそう伝えたのに、涙が頬を濡らした。悲しくないのよ、でも止まらない。
「おかぁしゃま、いたいたい?」
「いいえ。違うわ、違うのよ……」
どう答えたらしっくりくるかしら。切ないのとも、嬉しいのとも違う。寂しい……そう、寂しいの。お母様が生きていたら、いろいろと教えてもらいたかった。結婚を決めた時も、相談に乗ってほしかったの。
レオンの母親になって、でも私はわかっていなかった。胎内に我が子を宿す意味を……その温もりが伝える感情も、ようやく知ったばかり。先輩であるお母様がいてくれたら、と思ってしまう。
「いたいたい、とんへれぇ」
「ありがとう、レオン。赤ちゃんも喜ぶわ」
お腹を圧迫しないよう膝に座らせ、ぎゅっと抱き締めた。頬を擦り寄せたレオンは、短い手で必死に私を撫でる。背中に届かないのに、強く抱き返された気がした。
「お父様、ありがとうございます。お母様の思い出を、また聞かせてくださいね」
「そうだな。日々の暮らしに追われて、お前には苦労を掛けた。カロリーネの話は、エルヴィンや双子達にも聞かせてやろう」
頷いたお父様は、さっと立ち上がって部屋を出る。外へ出て、涙を拭いているに違いないわ。気づかなかったフリを……。
「あっ! お父様が泣いてるぞ」
「ユリアン、そういう時は黙っているものよ。もうっ! 屋敷中に声が響くじゃないの」
双子の喧嘩の声で、私は吹き出した。我慢できずに肩を揺らして笑い、疲れてクッションに沈むまで。
ふと気づけば、エルヴィンが大根おろしセットを片付けている。涙を拭きに行ったお父様、バツが悪くて戻れないのかも。そう思ったらまた笑ってしまい、やれやれと首を横に振るエルヴィンが酷く大人に見えた。
しばらく、私……大根おろしとレモンで生きていくわ。リリーに宣言して、料理長に伝えてもらった。参考にした別レシピも考えてくれると、すごく助かるわ。