作品タイトル不明
455.ひそひそ話は筒抜けよ
帰宅したヘンリック様に、レオンは抱きついた。抱っこをせがみ、ひそひそと何かを話す。でも子供の小声って、意外と大きいのよ。響いて聞こえてしまったわ。これは盗み聞きじゃなくて、玄関ホールの音響が良すぎるの。
「おかぁしゃま、と……いっちょ。いもーと、できゆ? しゅぐ、できる?」
二度目の「できる」はちゃんと発音できているわね。もう内容はスルーして、レオンの発音チェックを始めてしまう。そのくらい動揺しているわ。
そんなに妹が欲しいのかしら。どこがどうなって、妹なの? 弟ではダメなの? いえ、そうじゃないわ。お兄ちゃんになりたいのよね。エルヴィンやユリアンへの憧れでもあるのかも。
現実逃避している間に、夫と義息子の相談は終わったらしい。互いに頷き合っている。仲良しなところ悪いけれど、全部聞こえていたわよ? にっこりと笑ってヘンリック様に示した。
目を逸らすかと思ったのに、満面の笑みを返されてしまった。整った顔が綻ぶと、その威力は倍増する。私では勝てないわ。
「おかぁしゃま、ぼく……ユンとこ、ねる」
あら「る」の発音が上手になってきた。離れでユリアンと寝る……? フランク達は頷いているし、お父様も真剣な顔で同意の眼差しを向けてくる。その中央で、誰より雄弁に「受けてくれ」と訴えるのは夫だった。
「……そう、わかったわ」
明日のお母様は、あなたと遊んであげられない。その点もしっかり対応してもらいましょう。いえ、私だって嫌じゃないのよ。ただ……私の方が若いはずなのに、どうしてこんなに体力差があるのかな? とか。夜の体操は、なぜあんなに体が痛くなるの? とか。思ってしまうだけ。
途中から流されて、よく覚えていないのよ。だから何が起きて、どうなったら朝動けなくなるのか。対策の立てようもないわ。
「明日はまず俺と鍛錬ごっこするだろ」
「その後、私とパンを焼いてお昼を作るの」
「午後の勉強は僕が見るし、オイゲンも手伝ってくれるから」
弟妹は三人とも抱き込まれていた。私がベッドの住人になるのを、想定して動くなんて。恥ずかしすぎる。ぶわっと血が上り、顔が赤くなった。隠そうとしても、手や首も赤いでしょう。
「アマーリアは具合が悪いようだ。レオン、お父様に任せてくれるか?」
「うん」
「……っ!」
そこは「いや」と言って!! 夕食も食べないまま、ヘンリック様に抱き上げられて退場となった。玄関ホールを抜けて、まだ着替えていない夫に抱き抱えられ……無情にも部屋の扉が閉まる。
にっと魅力的な笑みを浮かべ、襟元を緩める夫が狼にしか見えなかった。ごくりと喉を鳴らして後ずさるも、非力な兎に逃げ場はない。食べるならお手柔らかにお願いするわね……。