作品タイトル不明
441.見晴らしのいい特等席を予約
街に到着する手前で、馬車を降りる。大きな街には、必ず馬車置き場があるのよ。御者はそこへ馬車を置いて待つのが決まりだった。
ヘンリック様の手を借りて降り、レオンと手を繋ぐ。私と腕を組むことを選んだヘンリック様は、見るからに機嫌がよかった。レオンと手を繋いでほしかったけれど、ここは無理を言わないでおきましょう。
昨夜、執事のベルントに聞いたのだけれど、今日の休みのために仕事を前倒ししたそうよ。かなり忙しくて、昼食も食べながら書類に署名したとか。そんな努力を隠して、嬉しそうに笑う夫に「あれをして」「これをして」と伝えるのは可哀想だもの。
護衛は一人以上つく。シュミット伯爵家の四人には、緊急要員を含めて五人の騎士。預かっているオイゲンには二人だった。私達三人に対して五人、そこにベルントや侍従も付き添う。
今回はリリーとマーサに休みを与えた。普段忙しく働く二人に、ゆっくりしてほしかったの。武闘会は決められた会場で行われるため、私達は用意した席まで急ぐ。街の東側にある広場が会場だった。戦うステージは円形で、周囲に観覧席が臨時で用意される。
私達は近くにあるレストランを借りた。広場を見渡せるレストランや宿屋は、このイベントに合わせて席を用意した。私達は二階を貸し切った形よ。護衛の負担を減らし、他の貴族と騒動を起こさないため。説明されて頷いた。
迷子を防ぐのにも役立つわ。レストランの二階席に、窓へ向けてソファーが並ぶ。小さなテーブルには、花瓶の花が揺れていた。
視線の先には、武闘会会場となる円形のステージと観客席。ほぼ満員の観客席も含め、毎年作る設備なので立派だった。慣れているし、資材も毎年使い回せる。まだ試合が始まらないため、ステージを点検する人が歩いていた。
「よく見えるわ」
「ぼくも!」
ぴょんと跳ねるレオンを、ヘンリック様が抱き上げる。高くなったと喜びながら、目を輝かせた。
「しゅごぉい! じぇんぶみえる」
「こりゃいいや」
「いい席だね、ユリアーナ嬢、こちらへ」
「嬢はいらないわ。オイゲン」
何を見せられているのかしら。隣でいちゃつく妹と仮婚約者に、顔を引き攣らせる。護衛用の椅子も用意されたが、彼らは職務に忠実だった。立っていなければ、緊急時に動作が遅れると座らない選択をする。交代で休めばいいのに。そう思ったので伝えておいた。
二階へ続く階段には、レストランの従業員が数人、交代で監視に立つ。誰かが勝手に上がらないよう、注意してくれるサービス付きだった。お支払いは奮発しないとね。宿やレストランの「心付け」は先に払わないと意味がないの。
ベルントが私の指示で払いに行った。先にもらえば、その分だけサービスが良くなるでしょう? 帰る時に払っても、もう帰るだけだもの。何もメリットがないわ。貴族は請求が来て払うのが一般的だから、先払いに驚いた店主がお礼に訪れた。
頼んでいないのに、ドリンクが運ばれてくる。やっぱり先払いは効果覿面ね!