作品タイトル不明
427.だって自慢したかったの
猫の餌やり当番のあるユリアーナは、朝早くから顔を見せた。昨日のお茶会用ドレスから一転、懐かしいワンピースを着ている。これは私のお下がりで、サイズを手直ししたものね。元はお母様の遺品だったの。
小さな赤い小花と緑の葉が散りばめられた、オフホワイトの生地は綿だった。とても着心地が良くて、絹と違い張りがあるからスカートが膨らむのよ。
「懐かしいわ」
「お母様、お姉様、どちらも素敵な結婚をしたでしょう? あやかりたくて」
先に器に駆け寄ったのは、シロ。その後ろから三毛のミアが覗き込み、最後にのんびりとサビーネが訪れる。母猫アイは少し離れた場所で毛繕いをしていた。
それぞれの器に規定量の餌を入れ、どうぞと差し出す。掃除係のユリアンに挨拶して、先に猫部屋を出た。事前にイルゼに頼んでおいた部屋に入り、ユリアーナに椅子を勧める。
「お姉様、私がローレンツ様と婚約したら困るんでしょ」
見透かしたように切り出した妹に、驚いて言葉を失う。
「実はね、帰る前に……」
ユーリア様に忠告されたそうだ。シュミット家だけでなく、姉の婚家も巻き込むと。
「でも、馬車の中では」
「だって、王子様に求婚されるなんて、二度とないじゃない。つい自慢したくなったの。でもね……好きな人はちゃんといるから」
少し頬を染めて、照れたように小声の早口になる。妹の方が私より、よほど貴族令嬢らしいわね。表と裏、建前と本音を使い分けているわ。
「好きな人って、オイゲンなの?」
「……うん。ちゃんと告白して欲しかったのに、中途半端に言い残すの、狡いよね」
「ふふっ、そうね。殿方は皆、狡いのよ」
うふふと笑い合ったところで、扉が乱暴に叩かれた。控えめなノックではなく、勢いよく。
「いけませんよ、若様」
窘めるマーサの声が聞こえて、私は立ち上がった。どうやらゆっくりお話しできる時間は終わったみたい。
「やだぁ!」
扉を開ければ、また叩こうとした拳を振り上げるレオンがいた。私を見て目を見開き、ぶわっと涙を溢れさせる。
「おか、しゃまぁ」
「あらあら、小さな騎士様が泣いてしまったわ」
「なきゃ、ない、もん」
泣いてないと訴えながらも、ぼろぼろと涙が落ちる。その雫をハンカチで押さえ、ユリアーナに目配せした。ここにいない方がいいわ。私を独占したなんて知れたら、八つ当たりされちゃう。小さく頷いたユリアーナは、そっと廊下へ逃げた。
「お父様と遊んでいたのではないの?」
「おとちゃま……ちっちぃ」
ちっち? 首を傾げたら、血相を変えたヘンリック様が走ってくる。慌てているのは、ベルントも一緒だった。もしかして、トイレに入っている間に逃げられちゃったの?
予想は大当たりだったようで、抱き上げたヘンリック様に「少し待てと言ったのに」とぼやかれている。おかしくて、声を上げて笑った。