作品タイトル不明
412.ティール侯爵家に訪れた希望
ケンプフェルト公爵家の紋章は入っているけれど、大きな寝台馬車を使った。これなら全員が一緒に乗れる。レオンが疲れても、お昼寝しながら戻れるわ。
全員が乗り込むと、当然のように靴を脱ぐ。絨毯の部屋での習慣がそのまま適用された感じね。最初に乗り込んだ私とレオンが脱いだので、倣った形だった。慣れた様子で、侍女リリーが靴を布で包んでいく。
彼女達は御者台の後ろにあるスペースに乗る。ベンチ式のシートがあるらしい。御者台にも屋根が付き、かなり大きな乗り物になっていた。走り始めた馬車の中、レオンとユリアンがはしゃぐ。
持ってきた絵本を広げ、レオンは絵を指さして説明を始めた。エルヴィンも加わり、レオンの声に耳を傾ける。
「お姉様、出掛けにケガをしてごめんなさい」
「あら、ユリアーナ。言葉が間違っているわ。そういう時は、ケガをしたから面倒を見てねとお願いするのよ」
「……それでいいの?」
「いいわ。家族ですもの」
そんな会話に、ヘンリック様はくすくすと肩を揺らして笑う。ぼんやりと窓の外を見ていたオイゲンが、私達に向き直った。
「あの……聞いてもらっていいですか?」
「ええ、もちろん」
微笑んで返す。三日前、彼は一度実家に帰った。一泊だけして戻ったけれど、何かあったのかしら。彼が自ら話さないなら、聞き出したりはしない。皆にそれを徹底して、オイゲンを見守った。
ようやく気持ちが落ち着いたみたい。何を話すのか、期待と不安でどきどきする。
「母上と兄上が、俺の夢を応援すると。父上なんて、謝ってくれました」
オイゲンの夢は、兄の領地経営を支えること。騎士として武で兄ゲレオンを守り、弟の立場で一緒に領地を繁栄させたい。立派で大きな夢だわ。
「公爵閣下が、父の目を醒させたと聞きました。ありがとうございます」
そうなの? 驚いて振り返れば、斜め後ろに座る夫が首を横に振った。さりげなく私の腰に手を回している。悪い手ね、ぺちんと軽く叩いた。
「俺が言ったのは、失う前に家族を大切にしろ、だけだ」
ティール侯爵はヘンリック様の部下だけど、私的な話はしづらかったと思う。さりげなく気を遣った夫が誇らしかった。得意げに語らないところも素敵だ。恋は盲目と聞くけれど、本当に何もかも素敵に思えてきたわ。
「兄上を守れる強さと、支えられる力を身につけたいと思います」
決意表明に、いつの間にか弟妹やレオンも聞き入っていた。お父様が小さく拍手すると、皆が同じように手を叩く。大きく割れんばかりの喝采ではなく、彼の決意を後押しする優しい音で。
「おかぁしゃま」
「どうしたの、レオン」
「どちて、てぇ、……するの?」
拍手の仕草をして首を傾げるから、小さな笑いが漏れた。そうね、まだレオンには難しかったかも。わかりやすく置き換えましょうか。
「オイゲンに、頑張れの拍手よ」
「ぼくも!」
いっぱい応援したいレオンは一際大きな拍手をして、オイゲンを泣かせかけた。