作品タイトル不明
401.薔薇の香りに包まれて
部屋に二人きり、レオンもいない。侍女も出て行ったし、フランクやベルントの同席もなかった。夜でお風呂にも入って……ふと気づく。これって、夫婦の夜の営みに繋がる状況なのでは? そんなことあるかしら。
もじもじと手を動かしながら、ヘンリック様が勧めるまま椅子に腰掛けた。応接用の革製ソファーと違い、寝室の椅子は柔らかなカウチタイプだ。格式ばった肘掛けはなく、繋いで自由に使える形式だった。
レオンがよく飛び乗って遊んでいる。向かいではなく、一人分空けて隣に座ったヘンリック様は、言葉を選んでいる様子だった。やっぱり夜のお誘いなの? 当初の契約では閨事はなしだった。更新して変化はあったけれど、閨に関してはどうだったか。
思い出そうとする私に、静かな声が話しかける。
「話すのが上手くないから、最後まで聞いて判断してくれ。結論は契約結婚を解約したい」
どきっとする。だめよ、まだ判断するのは早い。ヘンリック様も最後まで聞くように言ったじゃないの。緊張しながら「はい」と相槌を打ち、先を促した。
「俺は……前の妻を愛していなかった。話す順番が違うか。すまない、聞きづらいと思うが」
とんでもない告白が始まり、混乱した様子でヘンリック様が謝る。続いたのは、私が初恋という驚きの事実、レオンの母親であると同時に妻でいてほしい願い。要望を突きつけたあと、理由をぽつりぽつりと付け足した。
本当に話し下手だわ。これは誤解されるでしょう。私だって、最後まで聞くよう言われなければ、途中で立ち去ったかも。レオンの母親でいられなくなると勘違いし、文句を言ったはず。
「俺は契約ではなく、君に隣にいてほしい。この気持ちを受け入れて、本当の夫婦になってくれたら……と思う。もちろん、嫌ならそう言ってくれ」
レオンの母である立場は確保する。どんな答えがあっても、今より悪くはしない。約束を付け加えたのは、誰かの入れ知恵ね。フランク辺りかしら。帰宅後の不自然な着替え時間の長さを思い出し、納得しながら耳を傾けた。
「愛している、俺と夫婦になってくれ」
いつの間にか、ヘンリック様は体ごと私に向き直っていた。彼を正面から見て、私も横に体を向けていたことに気づく。薔薇の香りにハーブが混じり、頭がくらくらしそう。整った顔が懇願する色を浮かべ、不安そうに答えを待っていた。
レオンと同じ黒髪が縁取る顔に誘われて、右手を伸ばす。彼の頬を包むように置いて、私は微笑みを浮かべた。
「私もあなたが好きです。愛と恋の違いがわからないけれど、私だけを見てほしいと思います……答えに、なります……きゃっ!」
これで答えになるか問う私を、ヘンリック様が引き寄せた。間の距離が一気に縮まり、私はヘンリック様の胸に顔を埋める。吸い込んだ香りは、私の髪と同じ薔薇だった。どきどきして、息が苦しい。
「アマーリア」
優しく甘い声に顔をあげれば、唇が触れ合った。ぼやけるほど近い距離で、吐息を奪われる。高鳴る胸がいっぱいになり、我慢できずに私も腕を伸ばした。