作品タイトル不明
378.自分でやるのは早かったみたい
持ってきた昼食を食べ、すぐに帰宅となった。これなら帰ってきて、屋敷で食べても同じだったのでは? と首を傾げる。ヘンリック様によれば、一枚だけ重要な書類があったらしい。確かに帰る直前、何か書類が届いてサインしていたわ。
他の人の署名で代行できない重要な書類なら、仕方ないわね。レオンは靴を脱いだまま、執務机から馬車まで移動。そのまま立ち上がって、窓枠に掴まった。興奮して体を揺らしながら帰宅する。
転ばないよう、腰に腕を回して寄り添った。
「おかぁしゃま、も……みゆ?」
「ええ、一緒に見たいわ」
ぺたりとくっついた理由を、自分なりに考えたレオンに微笑む。嘘じゃないのよ。レオンが何を見ているのか、気になるんですもの。
屋敷が近づくと、興奮してぴょんぴょん跳ねた。到着した馬車の中、レオンは大人しく靴を履く。自分でやりたいと言い出し、手伝いを拒んだ。先にヘンリック様が降りて、使用人達の挨拶を受ける。その間に、レオンは何度も靴に足を突っ込んだ。
無理なのよ、紐を解かないと……そう教えても手伝わせてくれない。しまいには靴紐を引き抜いてしまった。足がすぽっと入ったので、満足そうだけど……。
「危ないわ、レオン」
「へぇき」
平気だったら注意しないのよ。そんな言葉を呑み込みながら、ヘンリック様に目配せした。先に降りた彼はレオンが転んだら受け止めようと、やや低い姿勢で待っている。
「ほら……あっ!」
靴紐がないので、押さえが効かない。当然の結果だけれど、脱げて転がった。レオンはヘンリック様の腕に飛び込む。受け止めてくれると信じていても、心臓に悪いわ。
「お母様を心配させてはいけない」
「……うん、ごめ、ちゃい」
しょぼんと肩を落としたレオンに、私は指先を差し出した。
「エスコートしてくださらない? 小さな騎士様」
「いいの?」
怒ってない? 尋ねるレオンに「早く手を取ってください」と促した。左手をレオンに預け、右手をヘンリック様に支えてもらう。両手に花で、馬車から降りた。
フランクの機転で、すぐにレオンの靴が運ばれる。紐を通し直すより、履き替えた方が早いわね。助かったわ。
屋敷は少々騒がしい。侍従や庭師、下男や料理人に至るまで。手の空いている使用人が、屋敷周辺の片付けに追われている。風で押し倒され抜けた樹木、折れた枝に傷つけられた窓と被害は少なくない。侍女や洗濯係などの下女も、割れたガラスの回収に追われていた。
修繕用資材の手配に時間が掛かったのは、国中で木材や煉瓦を必要としているから。公爵家で使用する資材は高級品なので、割と早く届いた方なの。下位貴族や平民の家だと、材料が不足して大騒ぎだと聞いた。
「温室はやり直しだな」
ヘンリック様が残念そうに呟く。作りかけでほぼ完成していたが、今回の台風には耐えられなかった。直撃しなかったのに、枠組みしか残っていない。ガラスはすべて割れた。
「でも、誰もケガをしていません。物だけで済んで良かったわ」
「そう、だな。ああ……アマーリアの言う通りだ」
微笑みあって、玄関をくぐる。待っていた伯爵家の皆と挨拶を交わし、無事を喜び合う。絨毯の部屋は今日も大盛況だった。