作品タイトル不明
374.久しぶりだと緊張するわ
「おっとちゃま、おとちゃま! いっま、いく〜のぉ」
子供の作曲能力ってすごいわよね。人目を気にせず歌えるのが、もっとすごい。即興で作っているから、同じ歌は聴けない。そう思うと貴重だった。海も同じ波は来ないと聞いたことがあるわ。
手を繋いだレオンはご機嫌で、今日は久しぶりにヘンリック様と会える。嬉しさが溢れての歌に、馬車の中でリリーも頬を緩めた。今回の騒動でヘンリック様とベルントが、王宮に缶詰状態になっている。ここで意外なことが判明したの。
リリーは、ベルントの姪だったのよ。うっかり「叔父様」と呼んだので判明した。フランクとイルゼが夫婦だったり、使用人同士って繋がっているのね。そう呟いたら、当然だと肯定された。
「公爵家の使用人は、三代遡って犯罪者の有無を確認します。その上で本人の評判、能力、性格を見極めて雇っていただけます。親族は一番近い査定人ですし、コネは最強の武器です」
「そんなに高い壁だと思わなかったわ」
確かにすでに叔父が勤めていて、瑕疵や失態がなければ……勤め先として最高だわ。コネ入社と同じ。お給料も高いし、いい職場だもの。あら、ベルントは男爵家の次男だったのね。
「おかぁしゃま、ちゅいた!」
何度も馬車で出かけたが、レオンが覚えているのは王宮だ。街より多く訪れたため、建物を指差して興奮状態だった。椅子の座面に立つが、靴は脱がせてある。問題はないわ。転ばないよう、支えないと。
「もうちゅぐ!」
「そうね。レオンはきちんとお座りできるかしら。小さな騎士様が椅子に立っていると、お父様に笑われてしまうわ」
元気だと笑うか、微笑ましいと口元を緩めるか。どちらにしろ笑顔でしょう。
「ぼく、おとな、できゆ」
大人しくできると言い切って、すとんと椅子に腰掛けた。靴を脱いだ足を揺らす。
「おかぁしゃま、くっく」
「靴を履きましょう」
揺れる馬車の中、リリーが器用に履かせた。私がしてもいいけれど、彼女が卒倒しそうだもの。最近理解してきた。使用人の仕事ぶりを認めて対価を支払うのが女主人で、雇用を生み出すのも大事な仕事よ。私がなんでも手を出せば、彼や彼女らの領域を侵害することになる。
世話を焼いてもらうのも、女主人の大事な役割なんだわ。私がやらないから、誰かの仕事が生まれるの。忘れないようにしなくては、ね。
「ありがとう、リリー。レオンはお口を開けて頂戴」
「あーん」
素直に疑うことなく開く口、これは最高の信頼ね。取り出した小さな飴を、レオンの口にぽんと入れた。
興奮しすぎて捲し立てないように。これは一種のお守りよ。飴がある間は、あまり話せないから。からころと音が鳴り、レオンは両手で頬を包んだ。
「あみゃぁ」
「お父様に会うときは、ぴしっとしてね。小さな騎士様は、約束を守ったんですもの。たくさん褒めてもらいましょう」
「うん!」
王宮はもう目の前、馬車寄せのアプローチに人影が見えた。お会いするのは半月ぶりかしら。私が緊張してきちゃった。