作品タイトル不明
366.これって台風の目よ
「ヘンリック様はしばらく泊まり込みね。着替えなどはベルントが取りに来るのかしら」
「王宮から使いが出ると思います」
過去はそうだった。イルゼの説明に頷き、着替え終えたレオンに向き直る。
「今日も素敵ね、小さな騎士様。お父様へ送る手紙を作りましょうか。お絵描きよ」
「うん! かく」
嬉しそうに笑うレオンを待たせ、手早く着替えた。ほぼ化粧はなしで、髪も後ろで纏めただけ。こんな災害が起きているときに、着飾るのは相応しくないでしょう。前世の経験から「不謹慎」という単語を思い浮かべた。
幸い、この世界でも同じような概念は存在するので、理解してもらえる。公爵夫人にしては地味な装いで、食堂へ向かった。途中でお父様と合流する。
「レオン、騎士様なのに抱っこかい?」
「……あるく」
うーんと考えて、降りると言い出した。ぺちぺちと腕を叩いて知らせる。余計なことは言わずに、床に立たせた。私と手を繋いだ幼子は、てくてくと歩き出す。以前と違い、かなり安定した。真っ直ぐに歩けるし、ふらつくことも減っている。
運動させたのがよかったのかしら。散歩や外出が、レオンのやる気を引き出したのね。
「じぃじ、ぼく……できゆ」
「そうだな。立派だった。見惚れてしまったほどだ」
手放しで褒められ、嬉しそうに笑顔になる。振り返ったレオンの得意げな顔に、私が見惚れちゃうわ。食堂へ入れば、オイゲンとエルヴィンが座っている。身支度を整えたユリアーナが、呆れ顔で「ユリアンが寝坊したの」とバラしてしまう。
もしかして、興奮して寝付けなかったのかも。レオンも同じだけれど、年齢が幼い分だけ早く寝てくれた。気持ちを落ち着けるホットミルクなどを飲ませるべきだったわ。
「悪い! 俺が最後だ……でしたか。すみません」
お父様に睨まれ、慌てて言葉を直す。やれば出来るのにサボるんだから。
「ヘンリック様から、しばらく帰れないと連絡がありました」
手紙の内容をかいつまんで話し、情報を共有する。雨が止んだら、離れに戻る予定だったお父様は考え込んだ。
「お父様、できたら本邸に残ってください」
何かあった時、同じ建物にいた方がいい。今は雨が小降りだけれど、また降ると思うわ。これが台風なら、おそらく午後から晴れる。そしてまた同じ強さの雷雨に襲われるはずよ。
台風の目に入ったの。この考えは広まっておらず、台風は二つが時間差で襲ってくると認識されてきた。だからお父様も二度目の台風を想定して、離れに戻ろうとしたのよね。
食事をしながら話し合った結果、晴れたら衣服や必要なものを取りに行く。すぐに本邸に引き上げることに決まった。その間に、私はヘンリック様に送る荷物を作ってしまいましょう。
同程度の台風を想定して、使用人達も準備を始めた。窓が割れないよう内側から補強していく。室内が暗くなるけれど、仕方ないわね。