作品タイトル不明
361.練習不足が指先に
久しぶりに音楽の授業を受ける。飛び飛びになってしまって申し訳ないけれど、一部の生徒だけ上達したのよね。ピアノ大好きユリアンと、言い出しっぺのエルヴィン。レオンのシンバルもかなり上手になった。
問題はハープの私よ。音が出てぎりぎり旋律を辿れるユリアーナも、私を追い越して行った。ヘンリック様も仕事場にヴィオラを持ち込んだところ、侍従の一人に心得があったらしい。空き時間を利用して教えてもらっているとか。
お父様は元々オーボエを吹けたので、現在はもう一つのヴィオラを練習中だった。今になってバスにすればよかったか、と言い出したわ。きっと、ヘンリック様と楽器が被ったからね。演奏会の時はオーボエにすればいいのだから、問題ないと思う。好きな楽器を習えばいいのよ。
「おかぁしゃま、ぼく、じょうじゅ」
「ええ、すごく上手になったわね」
褒めると嬉しそう。私の隣に座り、足元にシンバルを置いた。手を伸ばして、小型ハープの弦に触れる。大型のハープと違い、弦が細かった。指先で引っ張り、音が出ると喜ぶ。並んで一緒に奏でたら、上達した気分になった。
「お姉様、これを使って」
ハンカチを差し出され、首を傾げた。
「手が痛そうだぞ……じゃなくて、痛そうです。リア姉様」
早速勉強の効果が出てきたユリアンに指摘され、指先を見ると……赤かった。血が出たのね。慌ててレオンの手が切れていないか、確認する。無事ね、ケガは私の指だった。
「奥様、すぐに手当てをいたします」
リリーが薬を取りに行き、その間にマーサが丁寧に拭いた。指先に細い切り傷があり、そこから血が滲んでいる。ケガしたのは人差し指だけだった。大したことはない。
「おかぁ、しゃ……いたいたい?」
「そうね、痛いけれど我慢できるわ」
心配そうなレオンに「大丈夫」と否定しそうになる。微笑んで言葉を置き換えた。痛い時は痛いと言ってもいい。いつだって泣いていい。男も女も、年齢も関係なくて。自分の思いを伝えていいのよ。私の指を覗き込み、レオンは大事そうに両手で包んだ。
「たいたいの、とんへれ」
やっぱり覚えられないんだわ。ふふっと笑った。徐々に言葉が上手になって、なくなってしまう可愛い表現が愛おしい。必死で痛みを飛ばそうとするから、二度目を聞いた後に驚いたフリをした。
「あら、痛いのが消えちゃったわ。レオンのお陰かしら」
この嘘は許される嘘よね? お父様も「レオンはすごいな」と褒めたので、笑顔で頷いている。エルヴィンとオイゲンが、レオンの黒髪を撫でた。目を細めて幸せそうに首を竦める姿は、猫のようね。
戻ったリリーが手早く治療し、薬を塗った指は白い布に包まれた。包帯と呼ぶには硬い布だが、この世界では一般的だ。リボンで可愛く装飾されたのは驚いたわ。
「今日はここまでにいたしましょう」
アルノーの言葉に、ビアンカ達も頷いた。音楽教師の三人を誘って、お茶を頂く。窓の外はやや曇って、肌寒く感じた。
「雨になりそうね」
「大変ですわ、お先に失礼してもよろしいでしょうか」
ビアンカは洗濯物でも干したのかしら。許可を出すと、三人揃って馬車で帰って行った。濡れなくて済むといいけれど。