作品タイトル不明
353.泣く子には勝てないわ
ヘンリック様と顔が近づき、唇が触れる……。
どんっ! 大きな音がして、二人で肩を揺らした。振り返った先は、廊下へ続く扉だ。
「おかぁ、しゃまぁあああ! うわぁああ!!」
「若君、あちらで待ちましょう」
「お菓子もございますよ」
「やだぁああああ!」
大泣きするレオンを、必死で宥めるのはマーサかしら? いいえ、イルゼもいるみたい。二人の必死の説得も、レオンには通用しなかった。がくりと項垂れるヘンリック様の姿に、くすくすと笑いが溢れる。
「ごめ、なさい……っ、ふふ……おかしくて」
「仕方ない。レオンを優先しよう」
まだお誕生日会は終わっていなくて、このまま夕飯までずれ込みそう。いつもならお昼寝している時間だし、レオンがぐずるのも理解できた。
まるで見ていたように邪魔をする義息子が、可愛くて可愛くて。ヘンリック様の手助けで身を起こし、扉を開けた。鍵はかかっていないけれど、まだレオンが届かないの。困惑顔の使用人達に、笑顔で首を横に振った。大丈夫よと示し、足にしがみ付くレオンの黒髪を撫でる。
「ゔわぁあ、おかっ、しゃぁ……。やらぁ!」
一緒にいないと嫌だ。あれだけ遊んでくれる人がいて、美味しいお菓子があっても、レオンは両親を選んだ。同じ部屋にいて、いつでも声が届く距離にいて。泣きながら訴えるレオンを抱き上げようとするも、しがみ付く力が強すぎて離れない。
「俺が抱き上げる」
「ええ」
任せたけれど、スカートを掴んで離さなくて……私がしゃがんで抱きしめた。両手を首に回してくれたので、強く引き寄せる。起き上がりたいのに、ちょっと姿勢が辛いわね。
「レオン、こっちにおいで」
「やらぁ……ぅ、っ……おか、しゃま……がいぃ」
まさかの拒絶に、申し訳ないが笑ってしまった。ヘンリック様の頭に、垂れた耳が見える気がするわ。ぽんぽんと背中を叩き、しゃくりあげるレオンが落ち着くのを待つ。それから力技で抱いたまま立ち上がった。
ドレスアップしたため、ヒールの高い靴を履いている。ふらつくも、ヘンリック様の腕が助けてくれた。
「ありがとうございます」
「俺はダメか? レオン」
「……あとれ」
悲しそうなヘンリック様の声に、私の肩越しに後ろに立つ父と向き合ったレオンは妥協した。後でならいい。自分で口にしたくせに、首を横に振りながら私にぺたりと張り付いた。
「お誕生日会はまだ終わっていないのよ。一緒に戻りましょうね、レオン。皆が待ってるわ」
声はないが頷いたので、歩き出す。手を貸そうとするヘンリック様やイルゼに、平気と笑顔で首を振った。今やっと落ち着いたんだもの。移動させようとしてまた泣いたら、レオンが疲れちゃう。
せっかくのお誕生日会の記憶が、涙で塗り替えられるのはもったいないわ。開け放たれた扉をくぐり、広間へ戻った。
「さあ、レオン。次は何がしたいのかしら?」