作品タイトル不明
352.遠慮するより受け入れる
「君の気持ちに、物や金で応じるのは失礼だ。その程度の価値ではないのだから……俺は生涯かけて、アマーリアを守り愛したい。許してくれるか?」
どう返すのが、正しいの? 感情が溢れて、涙になって頬を伝う。契約を無視して、勝手に動いたのは私よ。途中から楽しくなって、レオンが可愛くて、あなたにもお節介を焼いた。歩み寄ってくれるたびに、態度が柔らかくなって……。その成長が嬉しかったの。
あなたのためだけれど、半分は私のためだった。追い出されたくないし、レオンと離れたくない。醜い打算もあったのに、あなたは私を認めてくれた。
ボロボロと涙が落ちて、きっと化粧も流れてしまった。酷い顔をしているでしょう。それなのに、見上げる瞳は優しい。逸らされることなく、私に注がれていた。
「私も、好き……です。家族になれて、嬉しいわ……」
しゃくりあげてしまい、上手に話せない。どうしよう、伝わらなかったら……。涙を拭こうと、私は包まれた指先を引いた。するりと抜けたことが少し寂しい。ひんやりと指先が冷える気がした。
「失礼する」
立ち上がったヘンリック様は、私を抱きしめた。胸元に顔が触れ、絹のつるりとした生地が肌を冷やす。すぐに温もりに変わった。頬が赤くなっていくのが、自分でもわかる。恥ずかしくて顔が上げられない。
「おか……っ」
レオンの声に反応した私は、咄嗟に離れようとした。その耳元に「大丈夫だ、ユリアーナが見てくれている」とヘンリック様が囁く。いつもより甘い声に、膝から力が抜けた。崩れそうになった姿勢を、逞しい腕が支える。
「首に手を回してくれ」
抱き上げられ、私は部屋から運び出された。フランクが恭しく扉を開き、拳を握ったベルントが目を潤ませて頭を下げる。他の人を確認する余裕もないまま、ヘンリック様にしがみついた。
寝室の扉をやや乱暴に開けたヘンリック様は、行儀悪く足で扉を閉める。ベッドではなく、ソファーに下された。もしベッドだったら、悲鳴をあげたかもしれないわ。夫婦で両思いだから、覚悟はいらないけれど……反射的に手を突っ張っちゃうかも。
ソファーに座った私の足元に膝を突いた彼は、小さなケースを取り出した。黒いビロードが美しい箱を開いて、指先で掴んだのは――指輪だ。大きな宝石が付いている。紫がかった青の透き通った石は、親指の爪ほどもあった。
「婚約指輪も渡していなかっただろう? 愛情を示すのは小さすぎるが、質は悪くないと思う」
大きすぎるし、綺麗すぎるわ。答える声より早く、私の指に嵌めた。するりと入った指輪が、ちょっと緩くて。大きな石が手の中で回ろうとする。
「え、あ……どうしたら」
「サイズ直し、しますわ……ありがとう、ございます。ヘンリック様」
おたおたする夫の姿に、ふっと気持ちが変化した。不器用で真っ直ぐで、とても優しい人。この人の妻になれて、心から嬉しいと感じた。遠慮するより、あなたが与えてくれた指輪に相応しい夫人になることが、私の役割なのだと。すとんと腑に落ちた。