作品タイトル不明
343.屋敷でもしませんよ
お父様があまりに緊張しているため、気遣ったユリアーナが隣に座る。あの子は社交というか、人との付き合い方が上手だから平気そうね。任せることにして、ヘンリック様の差し出したお菓子を齧る。
と、ここで我に返って赤くなった。普通に目の前に差し出されて、思わず食べてしまったわ。マルレーネ様は微笑んでいるだけで、特に指摘しないけれど。絶対に見られたわよね? 恥ずかしい。
「アマーリア、すまない。そんなに嫌だったか?」
「嫌では、ないですが……お外ではちょっと」
真っ赤になって黙り込んだ私を心配し、ヘンリック様が眉尻を下げる。不安そうなワンコの耳が、ぺたりと垂れている幻想が見えた。きっと尻尾もしょんぼりしているわ。
「そうか、では屋敷に戻ったらにしよう」
……屋敷に戻っても、手から食べませんよ。でもさっきの顔をされたら、食べてしまうかもしれないわ。
「仲が良いこと……素敵だわ。そうは思いませんか? 伯爵」
「は、はい」
マルレーネ様がお父様に話を振った。まだガチガチに緊張しているかと思ったのに、隠れて笑っている。肩が揺れて、必死で堪える姿に脱力した。娘の失敗で父が元気になっちゃうなんて。
用意された紅茶を一口、ゆっくりと味わう。ヘンリック様も同じで、ユリアーナは満面の笑顔だった。こういう淑女のお茶会に憧れていたんだもの。王族同席のお茶会は、妹にとって特別な体験でしょう。
「王太后陛下、こちら……私も手伝って作りました」
言葉が足りないので、ユリアーナの説明に補足する。
「子供達が料理長の指導を受けて、焼いたお菓子ですわ」
「まぁ、素敵ね。私達もやってみようかしら」
料理長に任せたのは、人参と柑橘のケーキ、南瓜のプリン。それ以外にユリアーナとユリアン、エルヴィンがクッキーのような焼き菓子を作りたいと言い出した。オイゲンは初めてだけれど、上手だったの。
そんな話をしながら、笑い合って時間を過ごす。ふと、最初に王宮へ来た時のことを思い出した。いろいろ心配だったし、失礼がないか気を張っていたっけ。懐かしく思いながら、幸せを噛み締める。
「お菓子のレシピは、後で届けさせますね」
「それなら、俺が明日持ってこよう」
まさかの申し出だった。ヘンリック様は明日、出仕だけれど。仕事の書類ではなく、お菓子のレシピを持って王宮へ向かうことになりそう。厚意を断る理由はないので、素直に受けた。
「ありがとうございます、お願いしますね」
こうして頼むと、嬉しそうに笑うのよ。以前の冷たい表情が嘘のよう。暖かな温室の中で、私は改めて幸せな今に感謝した。