作品タイトル不明
324.贅沢の意味を知ること
鍛錬を終えた二人は、猫を見に訪れた。私も同行したけれど、ガラス窓に大喜びだ。足元まで全部ガラスなので、座り込んで観察を始める。
「今後のために、クッションが必要かも」
猫が慣れるまで、この部屋へ勝手に入らない約束をしたので、二人とも窓に張り付いて中を眺める。白い子猫は一番好奇心旺盛で、走り回っていた。レオン達に気づいて、とことこと歩み寄る。
声にならない声で「にゃー」と挨拶を寄越した。口だけの動きに近い。聞こえないことに首を傾げたレオンが「やぁ?」と繰り返す。ふふっ、ちょっと違うわね。
「レオン様、たぶん……にゃーだと思うぞ」
「にゃぁ」
本当に可愛いわ。ユリアンも笑顔で、ふと何かを思い出したように立ち上がった。
「あっ! ユリアーナも誘ってやらないと、後で文句言われちまう」
「それならエルヴィンも誘ったらどう?」
なぜユリアーナだけなのか。そう思って尋ねた私に、ユリアンは得意げに言い放った。
「オイゲン様は遠慮するだろ。エル兄様はそれに付き合うからさ。後で二人でこっそり見に来たらいいよ」
なるほど。オイゲンが遠慮するのね。その必要はないと伝えて、全員連れてくるように説得を頼んだ。頼まれたことが嬉しいようで、ユリアンは「任せろ」と言い残して出ていく。
「おかぁ、しゃま……ねこ……たおえ、た」
倒れた?! 驚いてレオンが指差す先を確認すると、腹を出して寝転ぶ白猫がいた。この子猫は、本当に警戒心が足りないわ。母猫は用心深すぎるけれど、子連れなら納得できる。三毛やサビの子猫は、窓際でくっついて眠っていた。
母猫も、人がいないのを見計らって日向で眠るらしい。この話は、外で作業する庭師からの情報よ。室内側にいなければ、警戒対象から外れているみたい。
「あの子猫は寝ているの。レオンがお昼寝したのと同じね」
「おにゃじ!」
嬉しそうに笑い、またガラスに張り付く。お掃除が大変そうだわ。ついそんな心配をしてしまった。
手の跡がくっきり残るガラスに、ぺたりと頬を押し当てたレオンはご機嫌だ。ユリアンに声を掛けられたエルヴィンが、オイゲンを連れて現れた。
「このガラスはすごい。高そう……」
思わず本音が漏れたエルヴィンへ、きょとんとした顔のオイゲン。経済観念がしっかりしているのはいいことだけれど、貧乏の弊害よね。オイゲンは生活に苦労したことがないし、侯爵家に生まれて当たり前に贅沢を享受してきた。ガラスが高価な製品と知っていても、驚くことはない。
「ケンプフェルト公爵家なら、このくらいは……」
「そうだけれど、購入する金額は民が働いた税金だから」
「ああ、そうか」
オイゲンは納得した顔で頷く。嫡男として家を継ぐエルヴィンには絶対必要な感覚で、いずれ家を出て独立するオイゲンも忘れてはいけない部分だった。
貴族が贅沢な生活を満喫できるのは、働く民の存在があるから。常に民を守り、彼らの生活が豊かになるよう采配するのが、領主の役目なのだ。この感覚がエルヴィンの身についていることが、本当に嬉しい。
「立派よ、エルヴィン。シュミット伯爵家の未来は安泰だわ」
褒める言葉は惜しまない。ハンナ様から、改めて学んだことよ。