作品タイトル不明
323.こっそり準備して驚かせるの
ハンナ様は名残惜しそうに帰宅した。またいつでも訪ねてほしいと伝える。シュミット伯爵家が住む離れなら、直前の連絡でも平気だから。お父様や弟妹が口を揃えて、また訪ねてくれと話す。涙ぐみながら、ハンナ様は「よいお友達に恵まれたのね」と嬉しそうだった。
こうなってくると、他の三人のお取り巻きの処罰が重すぎる気がしてきた。貴族社会では当然の処置で、両親も納得している。それでも、オイゲンが許されたのに、自分達は家を追放されるのは割に合わない。そう考えてしまうわよね。
こういう怨恨は燻り、思わぬところで炎を上げる。だから、火種は潰すに限るの。フランクに相談し、各家に連絡してもらう。我が家からの報復はないから、我が子を許して抱きしめ、もう二度としてはいけないと教えてくれるように。
「さて、お見送りもしたし……レオンはお昼寝ね」
「んと、おぃたら、たんえん」
「いいぜ。俺が迎えに来るからさ」
「あい!」
元気に頷くレオンは、車椅子の私と手を繋ぐ。時々私を確認して笑うのは、寝たらいなくなると思われているのかしら。ベッドに横たわり、レオンを手招きした。
「絵本を読むわ。どちらがいい?」
大好きな英雄譚と、ドラゴンが出てくるお話。じっくり悩み、ドラゴンを選んだ。レオンは期待の眼差しを向ける。声色を変えながら読み聞かせた。きらきらした目がとろんと塞がるまで。
完全に眠ってしまうまで読んだら、ドラゴンが倒される直前だった。ぱたんと本を閉じ、枕元に置く。夢の中でドラゴンと戦っているようで、手や足が動くのよ。表情も変わったりして、飽きないわ。
しばらく寝顔を見ていたけれど、誘われて眠ってしまった。ノックの音で目が覚め、身を起こす。合図するとリリーが扉を開いた。そっと入ってくるユリアンは、寝顔を見て笑顔になる。
「鍛錬は少し後にする?」
「いいえ。もう起こさないと……夜、眠れなくなっちゃうわ」
以前失敗したのよね。小さい頃の双子もそう。よく寝ているからと放っておいたら、夜に目が冴えて大運動会だった。
「レオン、起きて。鍛錬の時間よ」
実際は散歩だったり、棒を振り回すだけなのだけれど。ユリアンを上官に見立てて、二人で鍛錬ごっこを楽しんでいる。こういう面倒見のいいところ、本当に助かるわ。
起きて欠伸をしながら、ユリアンと目が合ったら慌て始めた。レオンは寝過ごしちゃった気分かしら。
「起きたら、一度こうやって伸びる。そう、それでこう」
手足をゆっくり伸ばすようにストレッチして、レオンにもやらせた。いきなり動いたら、筋や腱を痛めるもの。手を繋いで一緒に部屋を出ていった。私は彼らがいない間に、ちょっと仕事を片付けるつもりよ。
元気に庭へ繰り出す二人を見送り、フランクとイルゼを呼んだ。こそこそと打ち合わせたのは、お誕生日会のこと。猫が来て思い出したけれど、お誕生日会をしていないのだ。貴族の令息はお友達を呼び、一緒に遊びながら豪華なケーキを食べると聞いた。
貧乏伯爵家はそんな付き合いはできなかったので、弟妹も経験はない。家でできる範囲の、小さなお祝いはしたけれど。人参のケーキでね。今回はまとめて四人分を行うつもりで、ヘンリック様の許可も頂いた。
フランクに招く客のリストを頼み、料理人やイルゼにもてなしの準備をお願いする。あとは誕生日プレゼントね。予定していた通り、お父様が合流して詳細を打ち合わせた。
あの子達にバレないよう、細心の注意を払って用意すること。それを厳命して、私は猫部屋の様子を覗いた。二重扉が完成したのよ。開いてから中を確認する。大きなガラス扉を使用して、二重扉の間で猫を観察できる形だった。
温室を作る職人に頼んだと聞いて、納得する。猫達が馴染むまで、安心して見守れそう。お礼を伝えるため、職人達に追加料金とお菓子の差し入れも指示した。