作品タイトル不明
322.親子の溝は埋まった
朝一番で息子を訪ねてきたハンナ様は、お昼前に帰ると言い出した。でもお料理を用意するよう手配してしまったし。
「ヘンリック様はお留守ですが、皆で昼食を食べませんか?」
「ご迷惑になります」
「いいえ。平気ですわ……ね?」
オイゲンに引き留めるよう促すと、察しのいい彼は同意した。
「このお屋敷では、爵位に関係なく一緒に頂くんだ。刺激になるし、母上も一緒に体験してほしい」
我が家の食事はアトラクションかしら? ふふっと笑って、相槌を打つ。何度も断るのも失礼に当たるため、ハンナ様が先に折れてくれた。食堂へ入れば、貴族家には珍しい円卓が据えられている。
お誘いした昼食は、いつもと同じ。大皿で料理が運ばれ、取り分け用のサーバーを手にした侍女が待機する。パンもどんと大盛りで籠に盛られていた。驚きながら着席したハンナ様に、微笑みかける。
「この食事なら、好き嫌いがあっても食べられますし。同じお皿から取り分けることで、家族の結束も強くなるんですよ」
半分は本当で、半分は希望だ。嘘ではない。そうなったらいいなと思うだけ。
「お好きなものからどうぞ」
促した後は、それ以上関与しない。ハンナ様が困惑する横で、オイゲンは自分の好きなものを選んでいた。母に手本を見せるように、堂々と振る舞う。手元に盛り付けられた料理を、とても綺麗な所作で口に運んだ。
「っ、オイゲン。上手に……できるのね」
「はい、母上が選んだ講師が優秀だったので」
反発して乱暴に振る舞ったけれど、落ち着いてしまえば侯爵家の優秀な次男だ。嫡子と同じレベルの教育を施したなら、兄君と同じ振る舞いができる。
「おかぁ、しゃま。これ、あーん」
「これね」
レオンが欲しがったのは、丸いミニトマトくらいの肉だ。ワインで煮てほろほろだが、さすがに大きすぎる。カットして口に入れたら、パンパンの頬を両手で覆って唇を尖らせた。まだ大きかったかしら。
もぐもぐ動く口、リスのような頬が徐々に小さくなり、最後に尖った唇が開いた。
「ちったい、らめ」
小さくするのはダメ? でもこの大きさを入れたら、入らないわよ。
「口から出ちゃうわ」
「いいの」
「よくありません。お行儀悪いのは嫌いです」
「……やめゆ」
渋々引き下がったレオンの視線は、向かいで食べるユリアンだった。ぱくりと一口で肉を口に入れ、すごい勢いで咀嚼する。あれを見て、やってみたかったのね。悪い影響を与えて……もう!
「ユリアン、お行儀悪いわ」
ユリアーナが注意し、むっとした顔でユリアンが反論する。
「美味しく食べるのが優先だろ」
「貴族なんだから、マナーも大切よ」
睨み合う双子の頭に、エルヴィンがごつんと拳骨を見舞った。
「申し訳ございません、ティール侯爵夫人。あとで言い聞かせておきます」
「シュミット伯爵家の一員として、家族の無作法を申し訳なく思います」
お父様も頭を下げるに至り、さすがにユリアンもばつが悪そう。
「すみません」
ぽつんと呟く。オイゲンは同じ肉を取り分け、ぽんと口に放り込んだ。それも指先で摘まんで……。
「オイゲン?!」
「ホントだ、この食べ方うめぇ」
侯爵令息とは思えない振る舞いと言葉遣いに、私は額を押さえた。なんてこと! ユリアンの無作法って、伝染するの? しっかり叱ればよかった。
「そうだろ?」
ふっと笑顔になったユリアンの後ろで、エルヴィンが苦笑いする。オイゲンも目配せして、口元の汚れをナプキンで拭った。
「オイゲン、友人の名誉を守れるあなたが息子で……誇りに思うわ。さすが私とあの人の子ね」
涙ぐんだハンナ様の言葉に、はっとする。オイゲンは目を見開いたあと、笑顔で涙をこぼした。きっと泣いている自覚はない。目を逸らしたのはお父様とエルヴィン、きょとんとした顔のレオン。ユリアンはもらい泣きしそうで、ハンカチを取り出したユリアーナはそっと戻した。
ティール侯爵夫人と次男の間にできた溝は、綺麗に修復できたみたい。