作品タイトル不明
321.ハンナ様の親子水入らず
ハンナ様は、たくさんの荷物を運んできた。挨拶を終えてから尋ねる。先日、オイゲンに勉強や鍛錬の道具が足りないと言われたんですって。
出迎えたのは、オイゲンとエルヴィンだ。ユリアンは寝坊して、今頃大騒ぎだろう。玄関から中へ通せば、遠くから足音が追いかけてきた。慌てて身なりを整えたユリアンは、笑顔でハンナ様にご挨拶をする。
イルゼの用意した応接室で、ハンナ様の状況をお伺いした。嫡男である兄君が、心配しているらしい。格上の貴族の屋敷で、不自由しているのではないかと。一般的には理解できるわ。
例えば、夜中に喉が渇いても遠慮してしまうとか。または必要なものがあっても我慢するとか。ハンナ様もその辺が心配で、オイゲンの荷物を持ち込んだのかも。
「シュミット伯爵家の皆様によくしていただいていると、手紙が届きましたの。あの子が丁寧に記した手紙、宝物ですわ」
「わかります。子供がくれる物は、なんでも宝になりますから」
微笑んで頷く。レオンがくれるなら、道端の石や雑草も宝石に勝る。他人にはガラクタでも、私にとっては宝石以上なのよ。そんな話で盛り上がるが、私も引き際は心得ています。
「オイゲン様と二人でお話しなさって。私はレオンの様子を見てこないといけませんし、この子達もお勉強の時間ですから」
予定があるから中座するが、遠慮なく親子の時間を過ごしてほしい。そう告げて、さっと部屋を出た。エルヴィンは大人しく同行したが、ユリアンは扉の前をうろうろしている。
「ユリアン、オイゲンなら大丈夫よ。彼は強いもの」
「わかってるけど、心配なんだよ」
「そうね。でも、私はあなたの言葉遣いの方が心配よ。早くいらっしゃい」
嫌そうな顔をしてもダメ。きちんと礼儀作法を学ばなければ、どこのお茶会にも出せないわ。騎士になるなら礼儀作法は必須よ。言い聞かせて、納得させる。レオンに対するスタンスと、基本は一緒だった。
本人が納得しなければ、いくら学んでも身につかないから。必要だと感じれば、自分から学ぶようになるわ。剣術の鍛錬やピアノの練習のように。
「お父様と勉強してきて。私もレオンと積み木をする約束なの」
先に勉強部屋に向かったレオンは、私を待っているだろう。お父様とユリアーナが付き添ったので、心配はしない。ハンナ様の手前、車椅子を降りていたが……リリーに促されて座った。勉強部屋の前で止まる。
「降りて歩くわ。ありがとう」
貴族夫人は使用人に礼を言わない。使用人は仕事で対応し、雇用者も対価を払ったのだから当たり前とした。このルールは知っているが、やはり礼を言うのは、人として最低限のマナーだと思うわ。言われて不愉快になる人は少ないはずだもの。
慣れてきたのか、リリーは咎める言葉ではなく「どうぞ」と手を貸してくれた。立ち上がって、扉を開けば……すごい勢いで突進してくる小さな影!
「レオン?」
「おか、しゃま。ごよぉじ、した?」
用事があるから後でね。その言葉を覚えていたようで、もう終わったかと尋ねる。きゅっとスカートを掴む姿が可愛くて、頬が緩んだ。
「ええ、今は終わりね。また後でお見送りするけれど、その時はレオンも行きましょう」
お昼寝の時間と重なることはないはず。頭の中で計算しながら提案した。一緒に行動するのが好きなレオンは、にこっと笑う。本当にこの子は天使だわ。