作品タイトル不明
316.猫に鍛錬に、話題は尽きない
猫用の餌や水を用意したが、人がいる間は近づこうとしない。まだ見ているとごねるレオンに、説明した。このままだとお母さん猫はご飯が食べられない。子猫のお乳ももらえなくなるのよ。
「おにゃか、しゅく?」
「ええ、お腹が空いて倒れちゃうかもしれない。だから猫だけにしてあげましょうね。レオンは我慢できるかしら。明日になったら様子を見に来ましょう」
「がまん、すゆ」
きゅっと唇を窄めて、くしゃっと顔を歪める。それでも我慢する決意をしたレオンを褒めて、皆で部屋を出た。最後まで猫に釘付けだったのは、意外なことにヘンリック様だ。見ているだけもダメかと尋ねる姿が、幼く見えてしまう。
「ヘンリック様、レオンも我慢しています。明日になさいませ」
ダメをはっきりと突きつけ、小さく頷いたヘンリック様の指先を握る。きゅっと力を入れて握り返されたが、車椅子なのでこれ以上は無理ね。
「仲がいいのは素晴らしいが……その……いや、なんでもない」
お父様、夫婦の仲に口出しは無用ですわ。レオンは私の袖を掴み、とてとてと歩いてついてくる。廊下が広くて助かった。もし伯爵家くらいの幅しかなければ、レオンはともかくヘンリック様は隣を歩けなかったかも。
実家の間取りを懐かしく思い出す。廊下はやや狭く、貴族の屋敷としては及第点。元は商家の使用人が住んでいたと聞いている。あの屋敷は現在、管理人に任せてあった。将来は、エルヴィンが跡を継ぐ。シュミット伯爵家の本家は、領地にある屋敷だった。
親族に奪われたのを取り戻したから、いずれはそこに住むのよね。ユリアーナは嫁に行くだろうし、ユリアンに相続させたらどうかしら。爵位はなくてもいいけれど、屋敷があれば生活は楽になると思う。
考え事をしている間に、食堂へ到着した。呼び捨ての許可をもらったけれど、やっぱり敬称はいるかしら。遠慮がちなオイゲンも、エルヴィンに促されて腰掛けた。ユリアンが隣で頬を膨らませて、何か騒いでいる。
「俺が先に仲良くなったのに! エル兄様はずるい」
「仕方ないだろ、ユリアンは猫の迎えに出ていたし。そもそもレオン様の護衛を仰せつかったんだぞ」
「……俺もレオン様と鍛錬がしたい」
思わぬオイゲンの発言が加わって、兄弟喧嘩が止まった。
「は? え、いんじゃね?」
「ユリアン、姉上に確認してからにしなさい」
エルヴィンはこのところ、お父様以外にも教師がついている。そのため、貴族家の跡取りらしい言動が増えてきた。その意味で、オイゲンと気が合うのかも。彼も侯爵家の次男として、厳しい教育を受けてきたはず。同じ次男でも、ユリアンはのんびり自由に過ごしてきたから。
「レオンと仲良くしてくれるなら、全然問題ないわ」
いつも通り大皿が並び、私は微笑んでオイゲンの希望に頷いた。侍女達が取り分ける料理をいただき、猫を迎えに行った双子の冒険を聞く。
親猫がなかなか捕まらず、倉庫中追い回したとか。子猫を籠に入れたのに、勝手に出てきちゃったとか。木箱を用意してもらったら、穴が大きくて子猫がするりと逃げたとか。途中で水を飲ませた際に引っ掻かれた話も含め、エピソードは多かった。お陰で、楽しい夕食になったわ。