作品タイトル不明
313.抱っこで移動となりました
「レオンの勉強や剣術は、五歳になってからと聞いていたが」
「はい、そうです。今日はエルヴィンとオイゲン様が訓練をしていたため、レオンが自主的に参加を希望しましたの」
不思議そうに問われ、事実を装飾せず伝える。なるほどと納得するヘンリック様は、剣術の訓練にあまりいい印象を持っていないのね。眉根が少し寄っていた。
「ヘンリック様、この話の続きは寝室でお願いします」
あとで話しましょう。そう伝えた途端、なぜかヘンリック様と二人の少年が赤くなった。きょとんとしているのはレオンのみ。護衛の騎士達もさっと視線を逸らした。何か変なこと言ったかしら?
「奥様、そろそろ戻りましょう」
「そうね」
猫を迎えに行った双子とお父様が戻るのは、日暮れ前後になるだろう。行きはともかく、帰りは猫がいるから慎重になるはず。速度は落とすはずだし、途中で水をあげて世話をする可能性もあった。
やや肌寒いテント下から、車椅子で戻る……途中の段差をどうしましょうね。ヘンリック様がいたら、歩いて移動できない。ちらりと目で確認したら、ヘンリック様が「任せろ」と請け負ってくれた。
「しっかり掴まれ」
「え? あ、はい……えええ?」
距離を詰めたヘンリック様の腕が、私を抱き上げる。男性の腕はこんなに力があるのね。不安定になったため、反射的に首に腕を回して支えた。ふわりと持ち上げられ、訓練に付き合った騎士達の目の色が変わる。動きで実力がわかる、なんて小説みたいなことがあるのかも。
尊敬の眼差しを受けながら、ヘンリック様はレオンを振り返った。
「レオン、アマーリアを連れて先に戻るが……一緒にくるか?」
「うん」
慌てて駆け寄ろうとするから、抱っこされた私が注意した。
「レオン、訓練してくれた人にお礼をして」
「あぃがと、した」
どういたしましてと微笑む騎士やエルヴィン達に手を振り、レオンはこちらに駆け寄った。そこで立ち止まって考える。手のひらを見ているから、どうしようか迷っているのね。
いつもなら私かヘンリック様が抱っこする。または手を繋いで歩いてきた。ところがヘンリック様が私を抱っこしていて、二人とも手が塞がっている。
「あんね、てぇ……ちゅなぐ?」
リリーに尋ね、承諾を得て手を握る。反対側はベルントが繋いだ。二人の間で歩きながら、レオンは独特な歌を即興で作り出す。
「ねぇ、こしゃ! ねこっ、ねぇこぉ〜ちゃ。しろくて、くろくて、きぃろいのぉ」
最後は黄色じゃなくて、茶色じゃない? 込み上げる笑いを堪えたら、小さく震えてしまった。ヘンリック様も肩が震えているわね。顔を見上げないのは、私なりの配慮よ。移動のために両手を塞いでいるんだもの。頑張って堪える表情を見るのは失礼だわ。
本邸はすぐ近く、屋敷の中では車椅子を使うつもりだった。でもヘンリック様は抱き上げたまま、絨毯の部屋まで移動する。
「猫は夕方だったな。それまでこの部屋で過ごそう」
リリーとベルントの手を離したレオンが走って、勢いよく抱きつく。何も言わずに、ぐりぐりと頭を腹に押し付けた。私達と手を繋ぎたかったのね。黒髪を撫でる。
「はい、ありがとうございました」
重かったのでは? と聞きそうになった。さすがに騎士の訓練もこなした男性に失礼よ、と呑み込む。きっと淑女の鑑であるマルレーネ様なら、お礼を言って終わる。そう考えて、笑顔でお礼を告げた。
嬉しそうに笑うヘンリック様を見て、間違わなくて良かったと胸を撫で下ろす。
「旦那様、奥様。シュミット伯爵家の皆様がお戻りになられました」
語尾に重なるように、馬車の車輪の音が聞こえた。