作品タイトル不明
312.騎士と一緒に訓練を
「いいですか、こう握って……そう、上手です」
オイゲン様は丁寧な口調で教えてくれる。年上だからタメ口でいいのでは? と思ったけれど、貴族は階級社会だ。レオンの叔父であるエルヴィンが「レオン様」と呼び、敬語を使っている。このままが正しいんだわ。
前世の記憶がなければ、私も違和感を覚えなかっただろう。私を呼び捨てにしていたお父様が、公爵夫人と呼びかけた時の衝撃はすごかったわ。地位が変われば、親子関係まで変わるのかと悲しくなったのを思い出す。
「オイゲン様、それはこっちの方が」
竹に似た真っ直ぐの枝を、握り部分だけ加工してもらった。布をぐるぐる巻いて、庭師が仕上げてくれたの。鎌などの道具が滑らないよう加工する技術でしょうね。その棒をしっかり握り、右手と左手のどちらが上になるか。二人で唸っている。
「両方握ってみて、楽な方がいいのではなくて?」
結論が出ないので、口を挟んだ。右利きと左利きがいるから、握りやすいのが一番よ。
「ですが、正式な騎士団では揃えていると聞きました」
「そうなの? リリー、騎士を呼んでもらえる?」
公爵家にも護衛の騎士が何人も勤めている。彼らに聞いてみようと考えた。手の空いている騎士が六人も集まってくれた。彼らに剣を扱う際の決まりを確認したら、近衛騎士は儀礼に同行するため利き手を揃えるらしい。
「レオンは近衛にならないから、どちらでもいいわね」
公爵家の跡取りだもの。騎士達に木の棒で構えてもらったら、本当にバラバラだった。四人が右利きで、二人は左利きね。鉛筆やフォークを右で持つレオンは、右利きの四人と同じ構えで落ち着いた。
エルヴィンも右利きで、オイゲン様は左利き。なるほど、意見が分かれるわけね。オイゲン様は次男なので、将来は家を出る。騎士で身を立てようと努力しているところだった。
「時間のある騎士は、三人の指導をお任せしたいわ」
微笑ましげに話を聞いていた騎士達に、今日だけの訓練を頼んだ。レオンとエルヴィンは握って振るだけ、基本の素振りね。オイゲン様は、ある程度基礎が出来ている。騎士と剣の振り方や打ち合い方を学んだ。
レオンは真剣な顔で、振り上げた棒を下ろす。疲れたと言い出さないので、時間で判断して全員に水分補給をさせた。もちろん、騎士も一緒よ。手の皮が剥けないよう、途中で違う訓練も挟む。柔軟体操や打ち合いの見学もあった。
昼食も運ばせて、結局、お昼寝の時間になるまで見守った。途中でフランクが指示を出し、テントを張ったの。おかげで快適だったわ。
「あの馬車は……旦那様でしょう。お迎えしてまいります」
馬車の音に気づいた侍従や侍女が動き出す。出迎えは彼らに任せた。車椅子を使わなければ間に合うけれど、レオンを置いて行けないし、歩いたら叱られちゃう。猫が到着する前に帰ると明言して出かけたから、こんなに早いのね。
当初は猫が来る日は休むと言っていたのに……仕事が押して、お昼過ぎまでもつれ込んだみたい。リリーにお茶の用意をさせて、私は夫の到着を待った。ほら、大きな尻尾の幻影をつけて、ヘンリック様が走ってくるわ。
「おかえりなさいませ、ヘンリック様。猫はまだですよ」
「間に合ったか! ただいま戻った」
棒を振るレオンの姿に一瞬固まるも、ヘンリック様はすぐに笑みを浮かべた。