作品タイトル不明
307.当主としての命令だ
目が覚めたら、家族が揃っていた。いえ、ヘンリック様はいないわ。首を横に向け、窓の外が明るいことを確認した。きっと仕事に行っているのかも。
「お姉様、目が覚めたみたい!」
「レオン、一緒に行こう」
「おかぁしゃ、ま……っ」
ユリアーナが声を上げると、すぐに人が集まってきた。いないと思ったヘンリック様は、長椅子の方にいたようだ。レオンと手を繋いで、すぐに顔を覗かせる。何が起きたのか思い出せなくて、ぱちくりと瞬いた。
「大丈夫か? お医者様は疲れだと言っていたが、アマーリアは無理を自覚しないから……仕方のない子だ」
子供扱いして頭を撫でるお父様は、苦笑いを浮かべていた。レオンが飛びついて、ベッドによじ登ろうとする。慌てて駆け寄ったマーサが、靴を脱がせていた。ついでにお尻を押してもらったようで、ベッドの上をいそいそと近づく。
両足を崩してぺたんと座るレオンは、私の頬に手を当てた。反対の手を自分の額に持っていく。たぶん、額の熱を測ろうしているのね。間違ってるわよ。そう伝える前に、ユリアンがレオンの手を掴んだ。
「こっちだ」
「あんが、とぉ」
頬に触れる小さな手が、額へ移動する。幼子の手は温度が高くて、しっとりしていた。ぺたりと張り付く手をそのままに、レオンは首を傾げる。
「わかんにゃ……」
顔が泣きそうに崩れるのを、ヘンリック様が後ろから抱き上げた。
「もう平気だ。すぐにアマーリアは元気になる」
「うん」
状況が掴めてきたわ。あの時、ふらりとしたっけ。もしかして倒れたの? 心配かけてしまったわ。
「姉上は半日ほど寝ていただけだよ。心配しないで」
顔に出たようで、エルヴィンが答えをくれる。皆があまりに心配しているから、疲れから何日も寝込んだのかと怖くなったの。レオンが額に手を当てたことも、誤解を増長させたわね。熱が出ていたかと思った。でも、私以上に皆の方が怖かったでしょう。
「もう、平気よ」
起きあがろうとしたら、全員に止められた。異口同音に「動かないで」「動くな」と声が飛んでくる。頷いて体の力を抜いた。昼間からベッドの上に寝ていると、すごく背徳的な気分だった。サボっているみたいな気がするわ。
まさか、マルレーネ様やユーリア様に、この状況が知られたのかしら。すごく心配させてしまうわ。大したことないのに。
「ヘンリック殿が口止めしたので、外部に漏れてはいないから……安心しなさい」
またもや表情を読んで、お父様が口を開いた。やはり実家の家族は、長く一緒に暮らした分、表情を読まれてしまう。ほっとした私の口元が緩んだ。リリーがお水のコップを用意する。お礼を言って一口飲んだ。水ってこんなに美味しかったのね。
「さて、ケンプフェルト公爵家当主として、君に言いたいことがある」
真剣な顔でヘンリック様が私を見つめる。アマーリアと名を呼ばれなかったことに、手が震える。公爵夫人らしくないと叱られるのかも。それとも……ごくりと喉を鳴らして、次の言葉を待つ。
「少なくとも来月まで、社交をすべて中断して休むこと。王家やティール侯爵家とのやりとりは、俺がやる。他の公爵家からの連絡は、フランクが預かる。いいな? これは当主としての命令だ」
予想外の命令に、きょとんとしてしまった。