作品タイトル不明
306.不安と恐怖 ***SIDE公爵
無理をし過ぎたのだろう。アマーリアは、頑張ることを苦にしない人だ。もっと俺が気を遣うべきだった。
顔色が悪いと思ったので、肩を抱いて歩いた。先日もレオンを抱いて回った後、ふらついたと報告を受けている。フランクやイルゼにも、彼女を気遣うよう伝えていたが。お茶会を楽しみにして、夢中で準備する彼女の邪魔はできなかった。
「アマーリア! 早く、誰か!」
怖い、誰でもいい。アマーリアを助けてくれ。抱きしめた妻の体は、ぐったりと頼りなく感じられた。お茶会で存在感を発揮したアマーリアが嘘のようだ。今にも消えてしまいそうで、必死に両腕で縋り付いた。
「旦那様、お運びしますので……手を……旦那様? 若様!!」
ぱんと頬を叩かれ、はっとする。若様と呼ばれたのは、どのくらいぶりか。痛みの走る頬に温もりが触れた。我に返った俺の頬に手を当て、目を合わせるフランクがゆっくりと言い聞かせた。
「奥様をベッドに運ばねばなりません。旦那様、できますか? もうすぐ医者がまいります」
「あ、ああ……運べる」
包容力がある大きな人、その印象を覆すように軽かった。ドレスを着ているのに、怖いくらい重さも現実感もない。俺から離れていかないでくれ、願いながらフランクが開いた扉をくぐった。
ベッドで寝ていたレオンは近くの長椅子に移された。起きる様子のない息子に、それでいいと唇を噛む。起きないアマーリアに縋って泣く姿を見たら、俺が崩れそうだった。泣き喚きたい感情を、ぎりぎりで抑え込む。
ベッドに横たえた彼女の青白い顔が、亡き妻と重なった。失いたくない、強くそう思う。俺もレオンも、二度目は耐えられないから。余計なことを叫びそうになり、下唇を噛んで言葉を封じた。
「失礼致します」
入室した医者が、アマーリアの脈を測る。それから顔色や体温、呼吸の強さを確かめた。真剣に診察した後、アマーリアから離れた位置まで移動する。
「奥様は過労と思われます。しばらく安静にして回復を図るべきでしょう」
「……重大な病ではない、のだな?」
恐怖と緊張で言葉が途切れる。それでも尋ねた俺に、医者は「はい」と答えて頷いた。安心して膝から崩れそうになり、近くにある椅子の背凭れを掴む。
「おとちゃま……おかぁ、しゃま……ねてう?」
いつの間にか起きてしまったか。いや……部屋にこれだけの人が入って、慌ただしく動き回れば当然か。レオンは状況が理解できていない様子で、こてりと首を傾けた。
「ああ、疲れて眠ってしまった。ゆっくり休ませてあげよう」
「うん」
「レオンはいい子だから、今夜の絵本は俺で我慢してくれるか」
「うん! おかぁしゃま、ねんね、いっぱぁ、ちてね」
たくさん寝て元気になってほしい。素直に伝えるレオンに「そうだな」と相槌を打った。病ではない、過労なら休めば彼女は回復する。自分に言い聞かせ、レオンを抱いて寝室を出た。
「別の部屋で休む」
「承知いたしました。すぐにご用意いたします」
空き部屋はたくさんある。一番近い部屋をと指示する前に、フランクとベルントが動き出した。イルゼとリリーが、アマーリアに付き添う。
まだ怖い。それでも俺は父親で、腕の中に息子がいた。目を覚ましたアマーリアが「さすがですね」と笑ってくれるよう、俺はどっしり構えていなくては。自分に言い聞かせ、恐怖を呑み込んだ。
早く目覚めて、いつもの声で呼んでくれ……願いながら、説明のために団欒の部屋へ向かった。