作品タイトル不明
第040話 フェルゼン裁判
フェルゼン侯爵の裁判は、冬の初めまで続いた。
罪状は多かった。
王宮名簿実験における未成年者の無同意使用。実験記録の隠蔽。名売買組織への関与。救貧院児童の名札誘拐未遂。名隠し墨の違法製造。白紙病を引き起こした名簿妨害。そして、白の名簿への不正侵入。
ロアンは裁判前に捕らえられた。
彼は一人の商人ではなく、複数の貸し名を使い分ける組織名だった。白い手袋の内側に縫い込まれた名札から、十人以上の協力者が見つかった。中には、自分の名が使われていることを知らない者もいた。金のために名を貸した者も、脅されて貸した者もいた。
名簿院は、彼らの名を一つずつほどいた。
罰を受ける者と、保護される者を分ける作業は難しかった。貸し名をしたからといって、全員が同じ罪ではない。自分の名を売るしかなかった貧しい者もいる。フェルゼンのように他人を支配しようとした者もいる。
名簿は、雑に一括りにしてはいけない。
裁判の最終日、フェルゼンは痩せていた。
名は仮固定されているが、以前のような威圧感はない。それでも目の奥の頑固さは消えていなかった。
「私は間違っていない」
彼は最終陳述でそう言った。
「王国はいずれ混乱する。個人名の自由などという甘い制度は、戦乱や疫病の前では無力だ。白の名簿を中央で支配すべきだった。私は早すぎただけだ」
裁判官が静かに聞く。
わたしは傍聴席で、手を握った。
フェルゼンは続けた。
「名は力だ。力は強い者が管理する。それが秩序だ」
ノア様が隣で低く言った。
「最後まで変わらないな」
「はい」
変わらない人もいる。
それでも、制度は変えられる。
判決は重かった。
フェルゼン侯爵は爵位と王宮書記局顧問職を剥奪された。フェルゼン家は名簿監査下に置かれ、彼個人は終身拘禁。名簿関連業務への接触永久禁止。さらに、彼の研究記録はすべて名簿院と王宮改革委員会の管理下に置かれ、被害者救済に必要な範囲で公開される。
重要なのは、彼の名前が消されなかったことだった。
判決文には、はっきりと彼の名が書かれた。
フェルゼン・ロウ・アルバート。
彼が何をしたか、誰を傷つけたか、どの制度を悪用したか。すべて彼の名前で記録された。
裁判後、彼は護送される前にわたしを見た。
「リネア。あなたはいずれ後悔する。名を自由にした民は、名の重さに耐えられない」
「自由は、放置ではありません」
わたしは答えた。
「だから制度を作ります」
「制度は権力になる」
「だから監査を入れます」
「監査も腐る」
「だから自署を残します」
フェルゼンは笑った。
「終わりのない手間だ」
「はい」
わたしは頷いた。
「人を消さないための手間です」
彼は何も言わなかった。
護送の扉が閉まる。
フェルゼンの名は、裁かれた者として記録に残った。
外に出ると、冷たい風が吹いていた。
冬が来る。
白紙病の夜から季節が変わったのだ。
ノア様がわたしの隣に立つ。
「疲れたか」
「はい」
「今日は休め」
「書類が」
「休むことも業務維持に必要だ」
「その言い方をされると、休むしかありませんね」
彼は少しだけ笑った。
裁判所の階段の下で、トマたちが待っていた。
子どもたちは寒さで鼻を赤くしている。リリアが彼らに毛布を配っていた。ユリウス殿下も少し離れて立ち、護衛ではなく自分で荷物を持っている。セレスティア王女はその様子を見て、何やら記録していた。
グレン隊長は北門の毛布を一枚、わたしへ差し出した。
「修復者殿、冬ですからな」
「また毛布ですか」
「北門の毛布は丈夫です」
みんなが笑った。
フェルゼンの裁判は終わった。
でも、名前を守る仕事は終わらない。
終わりのない手間。
それを面倒だと思わない人たちが、少しずつ増えている。
そのことが、冬の風の中でとても温かかった。