軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

80.黄金をまく男

都では、皇后オードリーを中心に大規模な出発パレードが開かれている中、俺は二人のメイドを連れて、そっと旅立った。

メイド長であるゾーイと、最近拾ってきたばかりのケイトの二人だ。

こしらえは良いが、目立たない馬車に乗ってそれなりの商人を装い、ゾーイとケイトの二人は徒歩で付いてこさせた。

街道を半日くらい歩いたところで、ケイトに先行して、今日の宿を確保しに行かせた。

小走りで宿の確保に行くケイトの後ろ姿を馬車の上から眺めていると、横からゾーイが話しかけてきた。

言葉使いと呼び名は、お忍びであるため、親王時代の物にもどっている。

「ご主人様、お伺いしたいことがあるのですが」

「なんだ?」

「ケイトを連れてきたのは何故でしょうか」

「ん?」

真横を向く。

ゾーイが困ったような疑問顔で俺を見あげていた。

「ご主人様が彼女に目をかけた理由は分かります。健気で献身的で、何事もよく気がつきます。ですが、あまりにも経験が足りません。屋敷では他のメイドもいるのですぐにフォロー出来ますが、外に出ている時は……」

「まあな。まだまだ何かと危なっかしいのは確かだ」

道の先に見える、豆粒大くらいになったケイトの背中を眺めて、フッと微笑む。

何事もそうだが、意気込んでいるというのは、自分の能力以上か、限界近い事をするときなのだ。

人間は歩くときに「歩くぞ!」とはならない、速く走ろうとするときだけ「走るぞ!」となる。

そういう意味では、常に意気込んでいるケイトは、ゾーイの目には頼りなく映るのだろう。

「大した理由はない。ケイトの才覚を見込んで、経験を積ませて育てようとしているだけだ」

「育てる、ですか?」

「ああ。あの娘は、使っていれば伸びる。そう思うだろう?」

「それはそうですが……人手が足りない状況下でそれでは、ご主人様に不便が」

「人を育てるのは貴族の義務、それで痩せ我慢をするのは貴族の特権だ」

「でも……ご主人様は今……」

言いかけて、口籠もってしまうゾーイ。

「……」の先は、おそらくは「皇帝なのに」っていうのが付くだろう。

少し口籠もった後、首を振って。

「さすがご主人様です」

と納得した。

付き合いが長い分、俺が皇帝かどうか関係なく、人を育てるときは育てるもんだってのが分かってるみたいだ。

ケイトだけじゃなくて、ゾーイも育てるつもりで連れてきた。

メイド長としてよく働いてるからついつい手元に置いてきたが、本当ならもっと早く、エヴリンのように外に出したかった。

あのエヴリンも、今ではアルメリアの総督だ。

ゾーイの才覚はエヴリンに勝るとも劣らないほどだ。

だからゾーイも、経験を積ませるために連れてきた。

一週間ほどの旅路を経て、ガベルの州都、デュセルにやってきた。

デュセル。

デュセル川の上に乗っかるように、川の両端に作られた街。

この川の水運で栄えてきた街は、到着した夜でも、遠くから見ても分かるくらい賑わっていた。

「賑やかな街ですね」

「住民台帳に登録してるだけでも二十万人はいる街だ」

「に、にじゅうまん!?」

ケイトは驚きすぎて、「十万」のイントネーションが若干おかしかった。

「それよりも、宿はちゃんと取れているの?」

ケイトと違って、王都に長いこといたゾーイは、二十万人程度の街に驚きはしなかった。

彼女は落ち着いて、ケイトに聞いた。

「あっ、はい! 川の側の宿屋で、最上階の部屋を取ってあります。念のために一つ下の階も貸し切りました」

「宿ごと貸し切れなかったの?」

「すみません、わたしがいったときはもう、何人かのお客さんが」

「そこを交渉して――」

「いい。よくやったケイト」

ゾーイの詰問を止めて、ケイトにねぎらいの言葉をかける。

ケイトのそれは、ベストではないだろうがベターではある。

ベターであるのなら、今のケイトはもっと褒めて、自信をつけさせるのが重要だ。

褒められたケイトはほっとした。

嬉しがるよりもまずほっとした。

もうしばらくかかるだろうな、と思いながら街に入る。

夜でもそこそこ賑わってる街だった。

特に街の命脈ともいうべき川沿いは、様々な夜店や、 夜の商売(、、、、) をしている人間で賑わっていた。

そんな賑わいの中、ケイトが手配した宿屋に入る。

前もってたっぷりと宿賃をはずんだせいか、宿屋の主人は従業員を引き連れて俺を出迎えた。

ゾーイにいって適当にチップをくれてやってから、最上階の部屋に入る。

最初から金持ちを想定して作っている部屋だからか、部屋の広い窓の向こうには、デュセル川が見渡せる作りだった。

俺は窓際で川を眺めた。

「ふはははは!」

ふと、川の上から男の高笑いが聞こえてきた。

みると川の中心に屋形船があって、その船の先端で、一人の男が高笑いしながら、何かをばら撒いていた。

それを両岸に山ほどの見物客がいて、男が撒くたびに感嘆したり、歓声を上げたりしている。

その反応に気をよくした男が更に何かを撒く。

その繰り返しだ。

「あれは……」

「きらきらしてますね」

「綺麗です……」

俺の後ろにやってきたゾーイとケイト。

二人は俺から一歩下がった、肩越しのポジションで船と男を見ていた。

「何を撒いているのでしょうか」

「金だ」

「きん?」

「黄金ってことだ」

「「えええええ!?」」

ゾーイとケイト、二人揃って驚いて、声を上げてしまう。

「お、黄金とは、あの黄金ですか?」

「ああ。割と滞空時間が長いから、砂状か、金箔にした物だろう。この距離でも反射したのが見えるってことは、かなり大きいのを撒いてるんだろうな」

「黄金……すごい、高いです、よね?」

おそるおそる聞いてくるケイトに答えてやった。

「大きさと反射して見える量から考えれば、一撒き百リィーンってところだろうな」

「……」

「きゅう……」

ドサッ、とケイトが床に崩れ落ちた。

あまりの事に気を失ったようだ。

ゾーイは長年親王邸でメイド長を務めていたから、失神するほどの金額ではなかったが。

それでも、顔が青ざめて、眉をひそめる程度には衝撃を受けていた。

「ふはははは!! そーれそれそれ!」

「「きゃあああ!! オルコット様素敵!」」

「オルコット!?」

下から聞こえてきた黄色い悲鳴の中に混じっている人名に、ゾーイは違う意味で眉をひそめた。

「ご主人様!」

「ガベル総督オルコット。本人か、その家族か。初っぱなから出くわしてしまったな」

「総督の俸禄であんな事ができるはずがありません」

「その通り。賄賂でも貰ってるんだろうな」

「捕まえましょう」

「まあまて。これ自体賄賂の証拠にはならん。もっと言い逃れできないような物を掴むまで泳がせる」

「なるほど……」

ゾーイは苦い顔をしながらも、頷いて納得した。

俺が、メイドの中で、「外」に出したい人選で重要な要素が一つある。

いざという時、理性が感情を抑えられるタイプだ。

「理屈ではそうなのですが……」

と難色を示す人間は落第で、

「ならば理屈に従う」

といえる人間を俺は好む。

ゾーイは、その資質が充分にある。

そのゾーイは、すっかり違う顔になっていた。

なにやら不思議そうな顔で、首をひねりながら川の上のオルコットを見つめている。

女にちやほやされながら、黄金をばら撒いてるのを見て、不思議がっている。

「どうした」

「あっ、いえ。なにか違うな、と」

「何かって?」

「総督なのに、貴人の雰囲気がまったくしないのです」

「貴族の義務を果たしていないからな」

「貴族の義務」

おうむ返しをして、俺を見つめるゾーイ。

「貴族の義務は、『無私の行動』を行って、こそなのだ」

「なるほど!」

「同じばら撒きでも、食糧に変えて被災地にばら撒くのが貴族だ。あれではただの成金だよ」

「そうですよね!」

「……ゾーイ。あのオルコット、賄賂を受け取っていたという情報は?」

王都を出る前に、ガベルの主な人物、とくに調べなきゃいけない人物の情報をある程度集めて、ゾーイにも覚えさせていた。

それでゾーイに聞いてみた。

「いえ、まったくありません。清廉なものでした」

「なら可能性はそう多くはないな……ゾーイ、今すぐ調べてほしいことがある」

「なんでしょうか!」

オルコットの狂態を目の当たりにしたせいか、ゾーイはやる気になっていた。

翌朝、起きた俺は、ケイトに手伝ってもらい着替えていた。

まだメイドになりたてのケイトは、裸で仁王立ちしている俺に赤面している。

ただの着替えだから、俺は恥じらったりすることなく着替えていた。

そこに、ドアがノックされた。

「入れ」

「失礼します」

ゾーイが入ってきた。

裸の俺を見ても、ゾーイはまったく動じなかった。

そのゾーイの反応にも、ケイトは複雑な顔をした。

おいおい慣れていくもんだ、そう思い、ケイトの反応を無視してゾーイに聞いた。

「どうだ、分かったか」

「はい。ご主人様がおっしゃった三つのうち、詩、でありました」

「そうか」

「オルコットの直筆の詩が、一篇10000リィーンで取引されてました」

「もちろん――」

「売れてません、店に飾られているだけです」

「そうか。せめて絵画だったらと思ったのだが、詩だったとはな」

「あの……どういうこと、なんですか?」

着替えを手伝いつつ、不思議そうに聞いてくるケイト。

「オルコットのあの金の使い方は、実際賄賂を受け取っていなければ無理――つまり実際受け取っているに違いない。ここまでは良いな?」

「はい」

「だが、賄賂という形では受け取ってない。ならばなんだ? という場合、一番無難なのが詩や絵画の取引だ。賄賂を送りたい人間が、無価値であろう詩や絵画を買い取る――実物はあるか?」

「高すぎる為ありませんでしたが……写してきました」

ゾーイはメモのような紙を俺に差し出した。

俺は読んでから、ケイトにも見せる。

「『永遠などない、それが永遠』」

ケイトが読みあげた直後に、ゾーイが。

「それで、10000リィーン」

「えええええ!?」

「こっちが5000リィーン」

「『昨日の夕焼けは、今日の朝日』」

「ふぇえええ!?」

「地味にこっちのが酷いな。五十歩百歩だが」

俺は肩をすくめた。

「そのうち今朝の献立を書いたものが1000リィーンくらいで取引されそうだ」

「流石ご主人様」

「ん?」

「既に、そうなっているようです」

聞き込みもついでにやってきたんだろう。

ゾーイは軽蔑しきった顔で言った。

「なるほど。で、それをやってるのは?」

「はい」

ゾーイは頷く。

「詩を扱っている店は、全て塩商人の、その為だけに開いてる店でした」