軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

79.ノアの方舟

離宮の書斎に、第四宰相のドンを呼び出した。

いつも通りに、俺は座ってて、机を挟んだ向こうでドンが立っている。

そのドンに向かって、ガベルの事を調べに行く、と先に伝えた上で。

「連中に悟られないように、陽動を掛ける」

「陽動……でございますか」

「ああ。敢えてする必要はない、と見る事も出来るのだが、念には念をと思ってな」

「なるほど……して、どのような陽動を?」

「別荘を使う」

「別荘……」

首を傾げて、考え込むドン。

「上皇陛下が改修した、あの避暑用の別荘だ。あそこに余が皇后を連れて行くことにする」

「なるほど。でありますれば、『神輿』で赴くのがベストかと」

皇帝が公式に都から出かける場合、目的に応じて隊列などの規模に決まりがある。

祭祀など、一番重要な公の行事などは、1000人規模の『神輿』になる。

その次が、500人規模の『大輿』。これは例えば戦勝した軍を都の郊外まで出向く時とかに使われる。

最後に『騎輿』。規模は100人程度で、ちょっとした郊外まで遊びに出かける時のものだ。

ちなみに、「戦士の国」の残滓がここにもあって、どこに出かける時も馬に乗る――騎乗して向かえという、御先祖から受け継いだ伝統だ。

その三つから、陽動、という意味でドンは一番規模の大きい、大々的にやる『神輿』を提案した。

「いや、『騎輿』――いや、それよりも規模を小さくしていい」

「更に小さく……でございますか?」

「そうだ。余がお忍びで別荘に出掛けた。そういう形にしろ。『騎輿』を使って、更に関係のないところに行かせろ」

ドンはしばしの間、俺を見つめてから。

「裏の裏――でございますな」

「そういうことだ」

「さすがでございます」

ドンは尊敬の目で俺を見つめた。

「では、そのようにいたします」

「うむ」

俺は頷き、椅子に深く背をもたれて、天井を見上げた。

庶民の家とは違い、天井まで色とりどりの装飾が施されている。

それを眺めながら、思考に耽った。

「何か気になることが?」

「忍びで塩税を調査しに行くのはいいが、肝心なときにぱっと余が皇帝であることを分からせる方法がないと話にならん。それを考えていたのだ」

辺境の街レルモから先の一連の事を思い出した。

あの時から既に、顕在化こそしてないが、問題としては存在していた。

お忍びで出かけた時、いざという時に皇帝である事を明かす場面がどうしても出てくる。

レルモの一件の時は、シェリルが率いた2000人の兵がその役割を担った。

あれは辺境の街だからこそ出来たことだ。

通常の街だと、大量の兵を置いておくのは難しいし、いざという時に現場に急行するのも時間がかかる。

荒野を駆け抜けるのと、入り組んだ街の中を進むのとでは、後者の方が圧倒的に時間がかかってしまう。

不確定要素が大きいし、即時性もない。

その場でパッと分からせる何かが欲しい。

「陛下の持つ魔剣、ではいかがでしょうか?」

「レヴィアタンの事か?」

「はい。見た目が特徴的でございますし、一点ものでございますので」

俺は腕輪の中から、レヴィアタンを抜き放った。

むき身の刀身が、水色の光を曳いている。

ドンが言うとおり、特徴的な見た目だし、おそらく地上でこのレヴィアタンだけがこうだ。

「これでも良いのだが、レヴィアタンの事を知らない人間しかいなかったらどうなる」

「むっ……」

ドンは言葉に詰まった。

いかにレヴィアタンといえど、その存在が遍く知られているという訳ではない。

「余が望んでいるのは、見せれば100人中100人が余だと――皇帝だと分かるものだ」

「それは……」

ドンは眉根をきつく寄せながら。

「……そのような物は、おそらく存在し得ないかと」

「……うむ」

こればかりはドンの言うとおりだろうな。

「100人中100人がそう思う物はこの世に存在し得ない。少し妥協すべきか」

「はっ……」

「……ん?」

「いかがなさいましたか?」

「そんな物はない……物は……」

繰り返しそれを呟くと、瞬間、頭の中にあることが閃いた。

その事を具体的な形で脳裏に描いてから。

「出来るのは?」

と、腕輪を掲げて、その中にいる連中に聞いた。

レヴィアタン。

バハムート。

ベヘモト。

フワワ。

アポピス。

ジズ。

俺に付き従う、人ならぬ存在の連中達に聞いた。

すると、真っ先に応じたのはレヴィアタンだった。

バハムートとは違って、はっきりとした言葉ではなく、感情が脳裏に直接流れ込んでくる分、言葉以外の物が強くそこに反映した。

直前に編み出した人体憑依なども含めて。

最近はバハムートばかり。

という、レヴィアタンの負けん気が強く伝わってきた。

「やれるのか?」

更に問う、レヴィアタンの猛々しい感情が強く「出来る」と主張してきた。

俺はドンを見た。

腕輪をかざしているから、レヴィアタンらと話していると知っているドンは、会話には参加せず、じっと俺の事を見つめているだけ。

そのドンに、実験を手伝ってもらうことにした。

俺は目を閉じて、イメージした。

俺を象徴する 物(、) を。

人は宝。

その宝を全部載せるもの。

水の魔剣レヴィアタン。

水で、人と宝を載せる物。

――船。

大量の人と宝を載せて、守れる箱船を意匠した紋章を、水の力で、俺の前の空中に描いた。

同時に、レヴィアタンで威嚇を行った。

今までのような、力でねじ伏せるような威嚇じゃない。

強く、意識に訴えかけるプレッシャーを、試しにドンにぶつけた。

「ははー!」

ドンはその場で跪いた。

その直後に「あっ」と声を漏らす。

今の行動が、半分は反射的に体が勝手に動いた、と言わんばかりの声だ。

「どうだ?」

「さすがでございます!!」

ドンは跪いたまま、今までで一番の称賛する言葉を口にした。

見上げて俺に向けてくる顔は、興奮の色も混ざっている。

「今のプレッシャー、私の意識が『皇帝陛下だ』とはっきり認識しました」

「成功だな」

今までのレヴィアタンの威嚇は、純粋な殺意や敵意などをぶつけて相手をねじ伏せる物だったのだが。

それを少しアレンジして、俺が皇帝だと、意識するようにぶつけるもの。

視覚的な紋章も合わせて、どうやら上手く行きそうだ。

夜、閨にオードリーとアーニャを呼び出した。

書斎でグランが聞きに来た時、二人の人形を仰向けにして、二人ともに指名すると返した。

もうしばらくすると宦官に連れられた二人がやってくる。

明日の出発でしばらく二人と離れるから、その前に指名しておこうというものだ。

二人が来るまでに、俺は何となく自分のステータスを眺めていた。

――――――――――――

名前:ノア・アララート

帝国皇帝

性別:男

レベル:17+1/∞

HP C+C 火 E+S+S

MP D+C 水 C+SS

力 C+S 風 E+C

体力 D+C 地 E+C

知性 D+B 光 E+B

精神 E+C 闇 E+B

速さ E+C

器用 E+C

運 D+C

―――――――――――

生まれた直後から大分色々増えて、色々複雑になっていった俺のステータス。

この先どう伸びるのか、それに思いを馳せるだけでも楽しいことだった。

そうしている内に、二人が「届いた」。

例え皇后だろうと、正式な夜伽の時は、裸で簀巻きにされて、宦官達が担いでくる。

いや、むしろ皇后だからとも言える。

親王の正室止まりでは、こうする事もないからだ。

皇帝の夜の相手だからこその、特別待遇だ。

二人はベッドの上に置かれて、宦官達は簀巻き用の高価な布を回収して、寝室からそそくさと立ち去った。

俺はベッドに上がり、二人に近づく。

すると、オードリーが。

「何か、お考えごとだったのですか?」

「ん? ああ、少しな」

覆い被さった直後に飛んできた、オードリーの質問に虚を突かれた思いだ。

「余のステータスを考えていた。そういえば、二人のステータスは?」

「私は1のままです」

「あたしは2です、ちょっと色々あって」

アーニャが恥ずかしそうに答える。

オードリーに比べてちょっとはすっぱな所のあるアーニャの「色々」にはちょっと興味がある。

俺はふっと微笑みながら、二人にステータスチェックの魔法をかけた。

普段は自分では使わないが、一応覚えてはいる。

閨という、皇帝であろうとも、裸の男女だけがいる空間でなければ、皇帝である俺がこの魔法を使うことはないだろう。

それを使って、二人のステータスを眺めた。

二人の自己申告通り、オードリーはレベルが生まれたときの1のまま、アーニャは一つあがって2になっている。

「え?」

が、オードリーは何故か、驚きで声を漏らした。

「どうした」

「私の最高レベルが……上がってます」

「なに?」

オードリーのステータスを見る。

――――――――――――

名前:オードリー

帝国皇后

性別:女

レベル:1/13

HP F 火 F

MP F 水 F

力 F 風 F

体力 F 地 F

知性 F 光 F

精神 F 闇 F

速さ F

器用 F

運 F

――――――――――――

『除名の儀』を経て、名字がなくなったオードリー。

肩書きも皇后になっていて、ステータスそのものもレベル1にふさわしく全てが最低ランクのものだ。

だからこそ、俺はパッと見て何もおかしいとは感じなかった。

しかし、当の本人は上限レベルが上がっているという。

「間違いではないのか?」

「そんなはずは、だって、一桁でしたから」

「……それは間違いようがないな」

細かい数字の覚え間違いはあるだろうが、一桁だったのが二桁になった、という勘違いはなかなか難しい。

「ということは、本当に上がっている……? なぜだ?」

「あの、陛下。あたしも、多分上がってます」

「多分なのか?」

「はい……普段は見ないから、自信は無いです」

庶妃――妃ともなればそんなもんだ。

騎士や兵士、あるいは冒険者と呼ばれる人種でもなければ自分のステータスをチェックする事は少ない。

貴族の女――部下や騎士に守られて、自分の手を汚さない事を美徳とする貴族の女ならなおのことだ。

「……これからは注意して見ててくれ。変わったら余に知らせろ」

「はい」

「わかりました」

二人が応じると、俺はふっ、と微笑んで雰囲気を切り替えて。

寝室の最後の照明を、無言の内に落とした。

翌朝、起きた俺はゾーイに言って、メイドや宦官達のステータスを一通り調べさせた。

俺の周りにいる人間で、他にも上限が上がっている者がいるかどうかを調べさせたのだが、メイドや宦官は全員変わってなくて、毎日のように自分のステータスとにらめっこしている騎士のシャーリーとシェリルも同じく変わってなかった。

オードリーたちのは何かの間違いだったのか、と思ったのだが。

「陛下! 大変です」

オードリーと、アーニャが考え事をしている書斎に飛び込んできた。

「どうした」

「見て下さい!」

オードリーが言うと、音もなく一緒についてきた新人メイドのケイトがステータスチェックの魔法をかけた。

――――――――――――

名前:オードリー

帝国皇后

性別:女

レベル:1/14

HP F 火 F

MP F 水 F

力 F 風 F

体力 F 地 F

知性 F 光 F

精神 F 闇 F

速さ F

器用 F

運 F

――――――――――――

「むっ」

「上がってます、また上がってます」

オードリーの言う通り、彼女のレベル上限が昨夜見た物よりも一つ上がっていた。

となると――俺はアーニャを見た。

「はい、あたしも昨夜より上がってます」

「……余が、 幸じた(抱いた) から?」

自分のステータスを見る。

前代未聞と言われた「∞」の表記が目に入った。

これのおかげでそうなった?

と、俺が今一つ確信を持てずにいるのだが。

「きっとそうです!」

「さすが陛下、凄いですよこれは!」

オードリーも、アーニャも。

確定の事として、もの凄く喜んでいた。