軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

210.父の遺産

「ずっともっているのか」

「はい、大事なものですので、肌身離さず」

「うむ。ゾーイ」

「かしこまりました、失礼します」

俺は手形をゾーイに渡した。

ゾーイはうやうやしく 手形(勅命) を受け取って、部屋から立ち去った。

俺は少しまった。

待っている間、不思議にそうにするシンディーと種子屋の細かい話をした。

不思議そうにはしていたが、シンディーは深く追求せずに次の展開になるのをまった。

それからしばらく、約十分ほどして。

コンコン、とドアがノックされる。

ドアが開き、恭しくふるまうシンディーの部下に案内されて、ゾーイが戻ってきた。

「お待たせ致しました」

「うむ、どうだった?」

「こちらを」

ゾーイは俺のところにやってきて、一枚の紙を差し出してきた。

俺はそれを受け取り、一通り読んでから、シンディーに指しだした。

シンディーは不思議がりながらもそれを受け取って、目を通す。

「こ、これは――!?」

シンディーは驚愕し、目がカッと見開く。

「お前のところの本店に、財務省が今日中に現金を運び入れる――とあるな」

「は、はい……これって」

「手形の受け渡しに逓信をつかった」

「逓信……」

「本来、手形はそのものに真贋性をもたせたが、今のところ俺から発信する逓信はそれだけで真である担保がある。俺の名を騙る逓信は送られない、なぜならそれをフンババが許さないからだ」

「ああっ! 陛下の勅命の逓信ならそれで本物の保証になる」

「そうだ。ここから帝都までは脚で十数日、往復で一ヶ月かかるかも知らない。それが10分だ」

「すごい! すごいです陛下!!」

あまりの興奮に、シンディーが俺にたいする呼び名が陛下に戻ってしまった。

あえて指摘する事もないだろうと、俺はそれをスルーした。

「これだけの速さなら商売が、あらゆる取引のやり方が一変します」

シンディーの興奮がさらに加速する。

「それともうひとつ」

「え? ま、まだ何か」

「逓信は今帝国にしかない、つまり逓信手形も帝国内でしか使えない」

「それは……不便、ですね」

シンディーの興奮が少し冷めた。

俺の言葉が仕組みの欠点を指摘するものだと受け取ったようだ。

「いいえ、違います」

「え?」

が、そこにゾーイが今日はじめて口を挟むと、シンディーは目一杯に驚いてゾーイの方をみた。

俺の話をきいて、まるで冷水を頭からぶっかけられたように落ち着いたシンディーだが、ゾーイの指摘で更に表情が一変する。

「ど、どういう事でしょうか」

シンディーはゾーイに敬語をつかった。

ゾーイの方が年長者であるし、今やゾーイはただのメイドではなく、代官も経験しているこのエンリル州の事実上の副総督だ。

民間の商人であるシンディーは大臣級のゾーイに恭しい口調で聞き返した。

「我が国だけ使える安全でとてつもなく早い手形、一方で他の国では従来の人間が運ぶ手形のまま」

「――っ!!」

ガタッ! とソファーに脚がぶつかり、音を立ててシンディーが立ちあがった。

シンディーは今までで一番、まなじりが冗談抜きで裂けてしまうのではないか、と心配になるほど目を見開いた。

逓信によるアドバンテージ、情報も金の流れも一瞬、それがどれだけの効果になるのか、どれだけの優位性を産み出すのか、一度理解させられたシンディーはその効果の大きさを理解し、愕然とした。

「す、すごい……」

今度は腹の底から、漏れ出すような感じの「すごい」。

ただ一言「すごい」とだけ。

さっきのものもそうだが、心の底からでている「すごい」に聞こえた。

「しばらくは試験運用だ、細かい問題点を洗い出すために、シンディー、手を貸せ」

「はい! お任せ下さい!」

シンディーはとてつもないくらい興奮していた。

帰りの馬車の中、同乗するゾーイが聞いてきた。

「あの……ご主人様」

「なんだ?」

「もしかして御主人様、他に何か狙いがあるのではありませんか?」

「へえ、何故そう思う」

面白いと思った。

そんな面白いと思った表情のままでゾーイに聞き返した。

「いえなんとなく、その……本当になんとなくなのですけど、逓信に手形の仕組みを載せると他にもメリットがあるのでは無いかと思ってしまって……具体的に何かってまったく思いつかないのですけど、本当になんとなく」

ゾーイは恐縮しきった顔でそう言ってきた。

主であり、皇帝である俺に向かってこんな根拠のない推測を口にするなんて――という顔をしている。

俺はフッと笑った。

「うむ、まあその勘は当っている」

「で、では?」

「うむ」

俺は小さく頷いた。

馬車の小窓から外を、急ピッチで復興していくララクの町並みを眺めつつ、言葉の先を続けた。

「お前が代官をやっていた時、商人達がどれだけ儲けているか、それが分かればもっと色々やりやすいと思ったことはないか?」

「はい」

ゾーイは即答した。

「特に塩商などには常にそうおもっていました」

「塩か……あらゆる商人でもっともごまかしの多い連中だな」

俺はふっと笑う。

いずれは手をつけなければならないところだと思いつつ、続けた。

「農民は歴史上常にやりやすかった、人頭税でもいいし、土地税でもいい。どっちにしろごまかしはさほどきかん。が、商人達は売上が基準だからな、帳簿上の数字だからいくらでも誤魔化せる」

「あっ……だから逓信手形を……」

「そう、無論計算も精査もいるが、こっちを通す逓信手形ならどういう流れなのか内訳が筒抜けだ」

「それなら乗ってこないのでは?」

「それでもかまわん」

俺はまだフッとわらった。

「逓信手形の効果ははっきりしている、別に使いたくないのなら使わないで良い。そこは商人だ、即時性と安全性、それと払う税金の事をしっかり天秤に乗せればいいだ」

「そこまで考えて……すごい」

「それもこれもフンババの糸が事実上俺個人に依存しているからできることだ。不満に思っていても変わりは無いから強気に出れる」

「……あの、ご主人様」

「なんだ?」

「もしかして……なのですが」

ゾーイはおそるおそる、という感じできいてきた。

「フンババの糸に変わるものを作り出しているのではありませんか?」

「へえ」

俺はちょっと感心してから、

「ああ」

と頷いた。

ゾーイは目を丸くしていた。

官邸に戻ってきて、その屋敷。

前の総督が作らせた山水を表現した庭園の中、ゾーイと向き合う。

「ゾーイは魔法を使えなかったな?」

「はい」

「部下に魔法を使わせたことは?」

「あります」

「ならば話が早い」

俺は手招きした、少し離れたところで控えている官邸のメイドが三人やってきた。

三人がかりで長い物干し竿のようなものを持ってきた。

同時にもう一人のメイドもきて、こちらは腕の肘から先と同じくらいの長さの棒を持っている。

「これは?」

「魔法の杖――と同じ材質で作らせたものだ」

「魔法の杖……」

ゾーイは言葉を舌の上で転がしつつ、物干し竿を見つめる。

物干し竿のようなそれは、三メートルほどある代物だった。

とても魔法の杖には見えないのだろう、ゾーイは困惑した顔を浮かべていた。

同時にもう片方もみる、こちらは比較的魔法の杖に見えるものだ。

俺は短い方の、一般的に魔法の杖っぽい方をとった。

「魔法の杖とは端的にいって、魔法の行使を補助するものだ」

「はい」

「ほとんどの術者の場合、杖の先端に魔法が行使されるようになっている。長きにわたる技術の積み重ねでそれが最も効率がいいと分かっている」

俺はそういって、短い魔法の杖をつかって、魔法を行使した。

杖の先端から拳一個分離れた所に光の玉が出現した。

「こんな感じにな」

「はい」

ゾーイははっきりと頷いた。

それがもっともポピュラーな魔法の使い方、その光景だからだ。

「で、こっちで同じことをすると」

短い杖をメイドに返して、物干し竿っぽいやつの端っこに立つ。

そして同じようににぎって、魔法を使う。

反対側の、三メートル先に同じように光の玉が出現した。

更に少しだけ念じて、白い光の玉と黒い光の玉を交互に作って見せた。

「……あっ!」

その光景をみて、ゾーイはハッとした。

俺が言いたいことを理解したようだ。

「そうだ、フンババの糸のように、素材そのものを変化させるものは見つかっていないし作れていないが、媒体を介して離れた所に白黒を見せる方法なら工夫次第で今までの技術で出来る」

「すごい……このようなやり方があったなんて……」

舌を巻くゾーイ。

俺は物干し竿を握ったまま、光の玉を出し入れし、明滅させた。

それはフンババの糸の白黒と同じ感じでやった。

フンババの糸――逓信の暗号を頭に入れているゾーイはハッとしてその解読をする。

「つ・か・い・も・の・に――使い物にならない!?」

パッと俺の方を向くゾーイ。

「ど、どうしてですか? 見た感じまったく問題ないようですが」

「やって見せたところ、魔法の杖として使う形だと、杖の長さに応じて必要の魔力が爆発的に増大するのがわかった」

「そうなのですか!?」

「フンババの糸は帝国の主要都市に張り巡らしているが、魔法の杖だとレベル50級の大魔法士でも同じ町の中、という距離が限界だ」

「同じ町の中……それは使い物には……」

「そうだ、無論意味はゼロではないが、同じ町なら人を走らせたり、なんなら直接あえばすむ事。フンババの逓信のようなありがたみがない。フンババの糸は州を跨ぐほどの距離でも即時的に使えるのが一番の強みだ」

「そうだったのですね……」

「無論この方向性でも研究はさせている、が」

俺はふっと笑った。

「それまではこの優位性、利用させてもらう」

「はい」

「セムの代には実用性のあるものが発明されるだろう」

「セム様に……ですか?」

「父上は俺に大きな財産を残してくれた」

物干し竿を手放して、手を振った合図でメイド達を魔法の杖二本どもども下がらせる。

「その最たるものがヘンリーとオスカーだ」

「お、お二人ですか!?」

驚くゾーイだったが、俺はむしろきょとん顔になる位に別の意味で驚いた。

そんな俺の表情にゾーイが更に戸惑ってしまう。

「えっと……」

「人は宝だ」

「あっ……」

「そう思えば父上が『遺して』くれた財産でもっとも大きなものがあの二人になる――そんなに意外な話か?」

「い、いえ。その、ヘンリー様はともかく、オスカー様は……、その……」

ゾーイは言いかけた言葉を濁した。

なるほど、と俺は頷いた。

皇族のお家騒動――いや、オスカーは実際に行動までは起こしていないから騒動というのはただしくないからお家事情くらいか。

そのお家事情は、十三親王邸からずっと仕えてきたゾーイはよく知っている。

オスカーは一時、譲位をうけた俺の帝位に不満をもっていて、水面下で色々動こうとしていた。

それをなんとか阻止して、今は問題なく君臣としてやれている。

傍から見れば、弟に帝位をさらわれた兄、そして政敵的な関係性だ。

だからわかだまりや溝といったものがあってもおかしくはない。

事実、ゾーイも少ない言葉の中からそう認識していたのだという事が伺える。

それを俺が「最大の遺産」だと評した事が驚きだったようだ。

俺はふっと笑う。

「宝は宝だ」

「……っ」

「好みじゃない、手元に留めておけない、そうだからといって宝としての輝きがくすむ訳ではない。黄金が嫌いで宝石の方がいいのだとしても、それで黄金の価値が減るわけではない」

そう言ってから、改めて、という表情をして。

「恩讐の有無で宝としての価値が減るわけではない」

といった。

「なんて器の大きい……すごい……」

ゾーイはそれに感動していた。

「父上を名君にするには最低限同じことをしなければならん、理想はすこしでも上回る事だ。『 宝(人) 』はこれから遺してやるが、それ以外でもと思ってな」

「なるほど!」

ゾーイは俺の言葉に心の底から納得したようだった。