軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

211.売れる宝

次の日、総督官邸大会議室。

この日も巨大なボードに、即時逓信の役人が控えていて、俺とゾーイがいる。

昨日と違うのは、巨大なボードが黒く塗りつぶされている事だ。

「やってみろ」

「はい」

俺に命じられた役人の一人が、指くらいの長さと太さの白い棒をもって、黒いいたの上に文字を書いた。

適当な文字を書いた後、別の役人が布でそれを拭いて消した。

「消えました!」

ゾーイが驚き、俺の方を見る。

「あれは……なんでしょうか」

「ある土地の名産で白墨というものだ、もともと石をつかって石の上に絵を描く子供の遊びから発想をえて、白い成分を集めて固めてつくったのがはじまりだ」

説明している間も、役人は文字を書いては消していく。

俺は「充分だ」というとそれがとまった。

「即時逓信、やり取りが長くなる場合もある、継続的に使用するのなら書いたものを簡単に消せた方がいいと思ってな」

「確かに! すごいですご主人様!」

ゾーイが感動する。

「摂政親王殿下、お見えでございます」

役人の一人が俺に報告した。

俺は頷き、「始めろ」とつげた。

逓信が行われ、黒い板の上に白墨の白い字が書かれていく。

『お忙しい中申し訳ありません』

「かまわん」

俺が告げると、黒板の上に俺の言葉が書き記され、逓信で摂政親王――オスカーのところに送られていく。

そうして、エンリルと帝都、遙か遠く離れた両地での俺達の「会話」が始まった。

『口はばったいのですが、予算の事で』

「やはり足りんか」

『はい、国庫は既にぎりぎりです。このままでは今年度は大幅に不足します』

「内庫は?」

『そちらについても危険水位と言っていいでしょう。皇太后陛下はそうおっしゃいますが極限状態を強いるわけにはいきません』

「道理だな。難しいな。先帝の苦労が今更ながらに理解する」

『罰金の事でございますか』

「うむ」

昔の記憶が脳裏によみがえる。

俺がまだ法務王大臣だった頃、父上は俺に意見を求めた事がある。

皇族の一人が、息子が犯罪を起こしたことで、自分も監督不行き届きだとして、自ら罰金を申し出た事がある。

それ自体は「先に謝るから許して」的な動きだからどうでもいいこと。

問題は、父上はかなりそれに心を動かされて、事が犯罪の派生だからどうかと、法務王大臣の俺に意見をもとめた。

その時俺は断固として却下した。

法務王大臣として、息子の犯罪に父親の監督不行き届きの罪は帝国法に存在しない。

故に罰する名目がないといった。

そのかわり「名誉を売る」として、名誉騎士のアイデアを出した。

あの時は深く考えなかった。

いや、分かっていなかった。

しかし今、父上と同じ帝国皇帝の地位にいるとよく分かる。

なんとしても、どんな些細なところからでも金を作りたい場面があるのが分かった。

『陛下の善政により市井に金が潤沢にあります。非常時です、少し税を上げるというのはいかがでしょう』

「緊急時のみであれば最終手段としてなくはない」

『では?』

反問してくるオスカー。

俺の返事は遠回りの却下だったから、「じゃあどうする?」ってこっちに聞き返してきたのだ。

どうする。

「名誉……売る……」

思わずつぶやいた。

それに反応した逓信のものには、今のことばはつたえなくていいといった。

「一日くれ。今日はここまでだ」

そういって、こっちの言葉を逓信で送ってもらい、俺は立ち上がった。

「ゾーイ、半日ほどすべて任せる」

「どちらへ?」

ゾーイが聞いてきた。

事実上の副総督として任される事に異論はないが、俺の行き先は把握しておかねばという語気だ。

「皇太后陛下に会ってくる」

「え?」

夕方、帝都王宮。

ジズの翼でエンリル州から帝都までひとっ飛びして戻ってきた俺は、驚愕する宦官を捕まえて皇太后――母上への面会希望をつげて、通達にいってもらった。

皇帝が遙か離れているエンリル州にいっていることは宮殿内では周知の事実だから、驚くのも無理はない。

それでも素直に通達に走ったのは帝国が戦士の国であることと大きく関係している。

戦の最中で、戦術上代々の皇帝が「神出鬼没」を演出して来たというといういきさつがある。

そのため、俺がもどってきた事に驚きこそすれ、あり得ないとは思わなかったのである。俺もまた「神出鬼没」的な動きをしただけだと思われたのだろう。

しばらくして、皇太后の許しが得た、ということで俺は宦官に先導されて母上の離宮にむかっていった。

離宮に入り、母上が待つ部屋へ。

皇帝のものほどではないがかなり広々とした皇太后の自室。

主たる皇太后は玉座をもしたそこに鎮座していて、左右に女官達を侍らした形だ。

俺は進み出て、母上の前に跪いて頭を下げた。

「お久しゅうございます、母上」

「驚きました、そのまったく予想出来ない動き、若い頃の先帝にそっくりです」

「恐れ入ります」

俺は頭を下げたままこたえた。

「エンリルのことはまた片ついていないようですが、本日はどうして?」

「母上に許しを乞う事ができてしまいました」

「許し? 顔をあげて詳しくお話を」

「申し訳ありません」

俺は頭を下げたままだった。

これから話す事を考えれば、いい、って言われても簡単に頭を上げるという気にはなれなかった。

周りの女官がにわかにざわつき出すのを気配で感じた。

それもそのはず、皇族とはいえ、母と子の対面だ。

その母が「顔をあげて」といったのに、子が「申し訳ありません」と頭を下げたまま謝った。

そんな状況に遭遇すれば大抵の人間は動揺し、戸惑ってしまうものだ。

「……どんなことでしょう」

さすが母上、さすが皇太后。

見てきた修羅場の数も質も違うからなのだろう。

女官よりも遙かに落ち着いた声で、そのまま俺に聞いてきた。

「先帝と毎年避暑に赴いていた『別荘』の事でございます」

別荘。

それは帝都から少し離れた北の地にある避暑地の通称である。

俺が生まれる少し前に、加齢から帝都の夏に耐えきれなくなった父上が作らせたものだ。

別荘という名前ではあるが、皇帝と同行する妃たち、そしてその周りの世話をする使用人に、護衛の兵。

もろもろあわせれば常に千人は下らない規模になるから、別荘というより町の規模になっている場所だ。

俺が初めて摂政として全権を与えてもらった時。

ステータスの+に全部SSSがついたとき。

その時も、父上は母上ら妃を連れてその「別荘」に行っていた。

「あれがどうしましたか?」

「民間に……払い下げする許可を頂きたく」

俺の言葉に、周りの女達が一斉に息を飲んだ。