軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

209.遠隔会議

「ヘンリー、オスカー、いるな?」

『ヘンリー、御前まかり越して失礼』

『オスカー、ここに』

「今日時間を作ってもらったのは他でもない、アルバートの子と、その娘の話だ」

「アルバートの子はこっちで見定めて、都にかえした。その娘はしばらくこっちの手元に置いておく」

『アルバートの子は処されるおつもりでしょう』

「アルバートとの約束がある。口約束とは言え遺族の面倒を見ると言った」

『身分回復させるおつもりで?』

「ああ、そうしてやれ。その上でダスティンに預ける。天寿を全うするまで余計な事はさせるな、と」

『御意、最適の人選かと思われます』

『ダスティンに預けるにしろ、周りにもわかりやすく示した方がよいだろう』

「ならば親王位と一字を与えよう。『密親王』だ」

『秘密の密ですね、すごいです』

『すごい、密閉の密か』

「そこまでやれば周りも察するだろう。以上だ、疑問は」

『ございません』

『ございません』

「なら終了、ご苦労」

総督官邸にある、大会議室のような場所。

俺はテーブルのない、玉座に近い椅子に座っていた。

正面には壁のような大きなボートがあり、そのボートに役人の一人が最後の文字を書き込んだ。

文字の一つ一つが成人した男の拳大ほどもあり、遠くからでも文章がはっきりと読めるようになっていた。

俺はそれを眺めて、頷く。

ボードの最後らへんには、

兵務王大臣 ございません

内務王大臣 ございません

陛下 なら終了、ご苦労

と書かれていて、これまでのやり取りも全部、行頭に名前付きで書かれていた。

その横にはフンババの糸を操作、解読するものが十人近くいる。

全員が額に大粒の汗を浮かべて、ぐったりしている。

「すごいです、ご主人様」

俺の斜め後ろに控えていたゾーイが興奮気味に言ってきた。

「こんな風にほぼ即時的なやり取り、会議が出来るなんて」

「うむ」

俺は頷いた。

目の前のボート、思いつきのアイデアを実現しその成果になったボートに満足した視線を向けつつ頷いた。

「これまでフンババの糸を手紙のような形で使ってきたが、届いたそばから書き起こしていけばもう少し即時性を上げられると思ってな」

俺の思いつきでやらせたことは今までの延長線上だった。

まず俺とヘンリー、そしてオスカーの三人を前もって時間を決めてそれぞれの場所で待機する。

そしてお互い喋る事を、その場でフンババの糸――即時逓信を使って送る。

送ったものを一通一通の手紙という形ではなく、大きなボートの上で羅列する様に書き起こしていく。

送信係、解読係、書き出し係と大量に人手を使ったことで、一言を三十秒程度でやり取り出来る方法が実現した。

金がかかる逓信よりも、更に金と人手がかかる形になったが、その結果がこの即時性であれば価値はあると思った。

「はい! 私も逓信をつかっていますが、こんな発想はありませんでした」

「誰でも出来る発想だろう」

「え?」

「少し前にヌーフから聞いたが、金持ちじゃない子らは文字を習うとき砂で習字の練習をする」

「あ、はい」

「それから砂盤のことを思い出した。あれは戦況を即時的に書き直していくためのものだ。逓信と砂盤、この二つを合わせれば連絡もこうして即時的にできるのではないかとな」

「たしかに!」

「実際にやってみると、一言当たり30秒ってところか、しかも少し前に発言したものも残るのが意外にも役に立つ」

「おっしゃる通りです!」

「今回が初めてだが――どうか?」

ゾーイから、逓信を担当する人間達の方に視線をむけた。

実働ではなく、操作する人間を監督する上役の役人が俺の前に進み出て、深々と一礼してから答えた。

「はっ、不慣れな事などを差し引けば、最終的には一言あたり最高で10秒までは短縮できるかと思います。もちろんへ――総督と王大臣方に仕える者ばかりですので最高峰の技術と練度で、という条件下でございますが」

「十分だ」

一言十秒。

早馬の超特急、死ぬ危険のある早馬でも数日はかかる事を考えれば申し分のない速度だ。

「いや、実用上もう少し縮められるか」

「と……いいますと……?」

男は困惑した。

指揮するものとして、専門として10秒が限界と判断し報告したのに、俺がさらに縮められるといって困惑した。

俺は総督に自ら降格し、ここエンリルにいる間はそう扱えとめいじた。

それは浸透していったが、とは言え皇帝であることは変わりない。

皇帝の命令は絶対で、異論を挟むことは現場の役人にはあり得ないはなしだ。

男は「どんな無理難題を……」と案じている感じで、額から大粒の汗がだらだらと浮かんできた。

「10秒というのは受け取ってから書き終えるまでの時間だろう?」

「おっしゃる通りでございます」

「なら間に一人朗々と読みあげる役割のものを挟めば良い、ようは速報と確定報を分けるという話だ。速報で少し間違っていようが先に聞ければ実質受け取るのは書き込む分早くなる」

「あっ……すごいです閣下。それであれば速報は五秒でいけます」

「うむ」

俺ははっきりと頷いた。

そしてそこが本当の限界なんだろうなと思った。

ちなみに、このやり方を完全にフンババが請け負えばどうなる、と聞いてみたところ。

『一秒もいりませんよ』

と、耳障りのいい、艶のある女の声で答えられた。

つまりは五秒というのは人間の限界だが、仕組みの限界はもう少し先にあるという事だ。

がしかし、五秒でも充分に早い、それ以上の速度は実用上必要はなかろう。

「後でオスカーに通常逓信を。逓信人材育成の予算を新たに組め、と」

「かしこまりました」

「いや、ここまで来ればもっと本格的にやった方が良いだろう。都に戻ったら逓信省設立の話をしたいから、各王大臣とあらかじめ諮っておけ、と」

「かしこまりました」

「この仕組みは個人の技量に大きく依存する。一言で30秒切れるチームは俸禄を2倍、10秒切れるチームは10倍とする。おまえらも励め」

「――っ!」

「「「有難き幸せ!!!」」」

上役が息をのみ、その間に全員が理解して、立ち上がって俺にむかって一斉に跪いた。

「…………」

「どうしたのですか、ご主人様」

命令を下した後、俺が黙り込んでしまった事を不思議に思って、ゾーイが聞いてきた。

「…………」

俺は無言のまま手をゾーイの方にかざして、彼女の言葉を制止した。

そうしながら、脳裏に浮かび上がってきたものをまとめていく。

ララクの街中、シンディーの紋章を掲げた一軒の建物の前。

俺はゾーイを連れて、ここにやってきた。

ゾーイが扉を開けて、俺を先に中に入れると。

「すみません、まだ営業は――」

「へ――総督様!?」

店の中は何人かの者が慌ただしく動き回っていて、そのうちの一人が何か言いかけたところで、奥にいたシンディーが俺に気づいた。

シンディーの「総督様」に、周りの人間が一斉にびっくりして動きが止まった。

「取り込み中か?」

「いえ! こちらへどうぞ!」

シンディーは俺をつれて、奥の応接間にむかった。

ゾーイが一緒についてくる。

奥に入ったあと、背後から他の者達のひそひそ話の声が聞こえてくる。

「おいあの人って」

「本物か?」

「シンディー様の反応でわかるだろ!」

シンディーの部下は口々に言っていた。

シンディーと一緒に応接間に入り、向き合って座る。

俺とシンディーは座っていて、ゾーイは俺の後ろに立っている。

「あの、ゾーイ様。こちらにどうぞおかけください」

といった。

十三親王邸筆頭執事という、事実上の副総督。

そんな相手を差し置いて自分が座っているのは……という顔をシンディはしていた。

「ありがとうございます。ご主人様の前に私達家人の席はありませんので」

「あ、はい……」

「気にするな、そういう扱いの方が落ち着くのだ」

「わ、わかりました……」

シンディーは最後にゾーイを一度チラ見して、その後は意識して視界に入らないように俺の方を見つめた。

「本日はどのようなご用でございますか?」

「先日の手形はまだ手元にあるか?」

「はい」

シンディーははっきりと頷いた。

「護衛の選定ですこし手間取りましたので、明後日に出発し、帝都の財務省に手形をわたして、同じく帝都にある私の本店で分配、運用する流れです」

「そうか、もう出発していたら呼び戻してもらおうとおもっていたが、それなら話は早い」

「といいますと?」

「一旦その手形を持ってこい」

「それなら――」

シンディーは懐から、丁寧にくるんでいる布の包みを取り出し、俺に渡した。

俺は布の包みを開き、中身を取り出す。

羊皮紙を使ったもので、俺の署名と皇帝の印璽を押しているものだ。

内容はこれを持ってきた者に財務省から記載されている金額を渡す、というものだ。

手形というのは様々な形がある。

そもそも、手形というのは重たい現金を運ばずにすむように発明された代物、いや仕組みである。

例えば、1万リィーンというのは人間一人ではとても持てない、荷馬車でもなければ運べないほどの金貨の重さになる。

AとBの二つの地点があり、二つの地点は人間の足で十日間くらい離れているとする。商売の内容はAの場所からBの場所に1万リィーンの品物を持っていって、1万リィーンの現金に換えたとする。

これが行商人なら、売った分の金で新たに商品を仕入れてまたAなり他の場所なりにもっていって売ればいい。

が、ある程度の商人、特に店を持つ商人だと、必ずしもBから仕入れたいと思う品物があるわけでは無い。

そうすると荷馬車を使って、1万リィーンの現金をわざわざAまで持って帰ることになる。

大金というのは品物に勝るとも劣らないほどの重く運びつらい代物で、かつ、運んでいる間は品物よりも遙かに盗賊に目をつけられやすいものだ。

そこで発明されたのが手形だ、互いにAに本店、Bに支店を持つ大商人たちなら、Bに品物を運び、Bから受け取ったという証――紙一枚でもいいからその取引した証を持ってかえれば、Aでは本店同士が近いから近所での金の運搬ですむ。

あるいはその手形でまた同じ品物交換してBに持っていくことも出来る。

そういう風に、お互いの信用をベースに、重くてかさばる現金を使わない商売のために編み出したのが手形という仕組みだ。

俺は種子屋のために、帝都にある財務省に、シンディーが持つ帝都にある本店に出資額を渡すための文面をしたため、シンディーに渡した。

シンディーはこの手形を財務省に持っていけば、書かれたとおりの金額を受け取ることができる。

この「手形」はどちらかという「勅命」に近い代物だが、信用と証拠によって金銭のやり取りをするという意味では本来の意味とはなにも違っていない。

その手形を俺がうけとって、シンディーと手形を交互に見比べる。