軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

195.牧場の中

「うむ、その感想はある意味正しい。外からではそう見えるのも無理はない」

「じゃあ違うんですか?」

「ここれは俗に『牧場』と呼ばれる施設だ」

「牧場?」

ヌーフは俺と目の前の「砦」を交互に見比べて、ますます分からなくなったような顔をした。

気持ちはわかる、作りが城塞のような建物を捕まえて牧場です、と説明されたらそうなるのも無理はない。

「帝国の貴族……ああいや、お前達には別の説明のほうがいいか」

俺はふっと笑い、言い換えた。

「帝国がモンスターを管理している事は知っているか?」

「えっと……モンスター……?」

「うん? モンスター自体知らないのか」

「はい……」

「そうか。それは……まさしく先帝の偉業だな」

思いがけないところで実感する、父上がなしとげたの偉業に俺は心底感動した。

若い者はモンスターを知らない。

ヌーフは民間人にしては知識が豊富な方の人間だ。

そのヌーフが知らないとなれば、民間人の多くはモンスター自体知らない可能性が高い。

人を襲い害をなすモンスター、それが存在すら忘れ去られるほどの事を父上はやってのけたのだ。

その事を密かに感動しつつ、頭の中で全く知らない人間にも分かるように説明をまとめる。

「ならまず説明しよう。猛獣、はわかるな?」

「はい……危険な獣、ですよね」

「ああ、世の中にはその猛獣よりも危険な生き物がある。人間ではなく、猛獣よりも危険。種類によっては魔法を使う事もある。そういう生き物をモンスターと呼んでいる」

「そんなのがあるんですか」

「ああ、先帝の若かりし頃まではあっちこっちにあったのだが、先帝が国内を中心に大規模に掃討し、その上でモンスターが生まれる土地を抑えて、厳重に管理することにした」

「へえ……あっ、これがそれなんですね」

「そうだ」

頷き、ヌーフと一緒に砦を見あげる。

「外から見ただけではわからんが、ここは侵入を防ぐというより脱走を防ぐための作りになっている。内鍵――いや牢屋といった方がより正しいか」

「へえ……あの、さっき言いかけた帝国の貴族は、というのはどういう事ですか? これの話なんですよね」

いい所に目をつけた、と感心しつつ説明を続ける。

「先帝は帝国領内のモンスターを全て封じた。その上で帝国の貴族、特に親王達は戦場に立つ前にモンスターに打ち勝つべしというしきたりを作った。モンスターに勝ってから戦場に出すということだ。その倒すべきモンスターを実質飼育しているようなものだから、いつしか『牧場』と呼ばれるようになった」

「そうだったんですね」

ヌーフの表情が晴れた。

最初に俺が言いかけた言葉も含めて全て納得したと言う顔だ。

「それが――」

「ぐおおおぉぉぉぉぉっっっ!」

「ひゃっ!」

これだ――と言いかけた俺の言葉を遮るかのような、獰猛な咆哮が辺り一帯に響き渡る。

服やズボンの裾がビリビリと震えるほどの咆哮に、ヌーフは溜まらず耳を押さえ、しゃがんでうずくまった。

ほぼ同時に、並んで立っている俺達二人は上空からの影に覆われた。

上を見ると、「牧場」の中から大跳躍して来たのか、四本足の巨体が大の字になって俺達に飛びかかってくるのがみえた。

「掴まってろ」

「えっ!? ええっ!?」

さっとしゃがんで、ヌーフの腰に手を回して抱き上げる。

パニックになって状況が飲み込めていないヌーフを抱きかかえたまま後ろに跳躍する。

大きく飛びのいて、飛びついてきた巨体をかわした。

巨体が俺達が立っていた地面に突っ込んで、微かな地揺れと爆発的な砂埃を巻き起こした。

そしてまた、咆哮。

本来は威嚇のためにある咆哮という行為だが、それが砂埃を一気に吹き飛ばした。

そこから現れたのは、胴長の巨体だった。

毛皮で全身を覆っていて、その質感や色合いは牛に近い。

しかし四本足ではあるが横にひろがってやや「伏せ」気味だから姿勢は爬虫類に近い。

かと思えば血走った目に、頬のない口の両脇からするどく突き出す二本の牙はヒョウやそういった猛獣に近い。

「な、なに……これ」

「これがモンスターだ。こいつは……カトブレパスといったか」

記憶の中から知識を引っ張り出す。

全土でモンスターを制圧した帝国は、全てのモンスターに名前をつけて、特徴などの情報を管理している。

当然それは俺の頭の中に入っている。

このカトブレパスというモンスターは他に比べてすこしだけやっかいなモンスターだから、より頭にはっきり詳しく覚えている。

「ヌーフ、こいつと目をあわせるなよ」

「え? ど、どういう事ですか――」

戸惑うヌーフ。

俺がそういったのにもかかわらず――いやそういったからこそ、より訝しんでついカトブレパスの方をみた。

人間、くさいと言われたら余計気になってその匂いを嗅ぎたくなるのと一緒で、ヌーフはカトブレパスを見てしまった。

カトブレパスは更に咆哮、同時に目が妖しく光った。

昏く赤い光を放つ双眸と目があったヌーフは――。

「え? て、手がッ!! えええええ!? 体が動かない!?」

まるで金縛りにあったかのように、動けなくなるヌーフ。

地揺れすら起こしそうな咆哮は普通なら耳を塞ぎ、顔ごと逸らすかうずくまりたくなるほどのものだが、ヌーフは全く動けずに戸惑っていた。

戸惑いが色濃くなって、徐々に恐怖に横滑りしていく。

「ふっ!」

俺は息を吸い込んで、腹の底から声を発した。

それで俺にもかかっていた金縛りを解いた。

流れるように手をつきだして、指輪に念じる。

指輪から光が溢れ、俺の手を起点に光の粒子があつまって、実体化していく。

禍々しさと曲線的な流麗さがハイレベルで同居している刀身の剣が俺の手の中に現れた。

水の魔剣、リヴァイアサンだ。

「リヴァイアサン、ヌーフの拘束を解け」

『御意』

現れた途端、まずは眼前の敵であるカトブレパスに 殺意(、、) を向けていたリヴァイアサンだが、俺の言葉を忠実に従った。

具現化した偶像でもある刀身同様、忠犬と狂犬の性質を同時に兼ね備えているリヴァイアサンならではの反応だ。

応じた直後、パシュッ! と何かが弾けたような音がした。

「どうだ、ヌーフ」

「あ、動ける。あんな一言だけで……すごい……」

「俺から離れるなよ」

「は、はい!」

ヌーフはそういい、カトブレパスからはっきりと目をそらして――しかし横目で目があわないようにちらっと見るようにして、俺の背後に隠れた。

「ぐおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

カトブレパスが天を仰ぎ、咆哮する。

さっきよりも一回り激しい咆哮は地面をはっきりと揺らしただけでなく、背後にある「砦」からもパラパラと瓦礫が落ちてくるほどの威力をもっていた。

「ひっ!」

背後でヌーフがすくんだ。

激甚な咆哮。気の弱い人間ならそれだけで気を失い、いや命を落としかねないほど強烈なものだった。

「怒っているな。無視されたのが気に触ったか」

『不躾』

リヴァイアサンは一言で斬り捨てた。

こいつはこいつで静かに怒っているようだ。

昔は「なんで?」と思ったが、数十年来の付き合いでその理屈が分かってきた。

こいつからすれば「主に無視されたとしても正当な理由がある、その事を怒るのは筋違い」と考えるからだ。

だからそれで、「不躾」な相手に対して静かに殺気を覚え、今もそれを 育んで(、、、) いる。

狂犬と忠犬が同居していると俺が思う性質がまさにこれだ。

場合によってはなだめるのに苦労するもんだが――

「リヴァイアサン、手加減はいらん」

『承知』

応じたリヴァイアサン、殺気の中にわずかな喜びの色が混じる。

これも最初に気づいたときは理解に苦しんだものだが、今となっては「主に楯突く輩への殺害許可がでた」というのが分かる。

そんなリヴァイアサン、刀身がほんのりと水色の燐光を放ち出す。

握っていても――

「――っ!」

いや、直接触れずに近くにいるだけのヌーフですら何かを感じるほどの力があふれ出している。

そんなリヴァイアサンを握ったまま無造作にカトブレパスに向かっていく。

獰猛なモンスター、しかも頭に血が上っている。

カトブレパスは更に咆哮し、こっちが向かうまでもなく――という感じで猛然と飛びかかってきた。

前足を突き出し、突進してくる。

爪が空気を切り裂く音さえ聞こえるほどの猛進だ。

「――ふっ!」

リヴァイアサンを逆手に構えて、横一文字に薙ぐ。

キィィィーーン! の金属がぶつかり合ったような音のあとに、確かな手応えがあった。

刃が爪を滑って、前足を切りおとしつつ胴体さえも両断した。

長年使い込んだ分厚い革のような手応え、それを斬っていく。

すれ違いざま、空中で斬り 分け(、、) られるカトブレパスから血が噴き出す。

「しまった! リヴァイアサン!」

『御意!』

応じるリヴァイアサン、刀身から水が噴き出す。

水は一瞬にしてヌーフをおおった。

完全に両断したカトブレパスは勢いのまま背後にすっ飛んでいくが、吹き出された大量の血がその場に残って、俺と――ヌーフに降り注ぐ。

このままではヌーフが返り血で血まみれになるところを、リヴァイアサンの水が傘となって、その血を全てはじいた。

終わってみれば地面は薄まった鮮血での水浸しになったが、ヌーフには一滴もかからなかった。

「すごい……」

さっきのどこか恐怖まじりのものとは違って、ヌーフは純粋に感動した言葉を漏らした。

殺戮の剣術ではなく、返り血を全て弾き防いだ水の技に対する「すごい」だった。

「なんともないか」

「はい! すごいです。こんなことも……それにあんな怖そうなのを一撃で……」

今度は背後に転がっている、絶命したカトブレパスをみて、更に感嘆するヌーフ。

すぐにまたハッとした。

今度はおそるおそる砦の方を向いた。

「こんなのがいるところなんですね……」

初手のカトブレパスにすこし怖じ気ついたのか、砦そのものが恐ろしく見えてきたようだ。

「安心しろ、あれ以上のヤツは出てこない。むしろあれ以外のヤツさえ出てこない可能性もあるがな」

「以外……も? どういう事ですか?」

「ここを管理しているということは資料がある。あのカトブレパスというヤツはこの『牧場』で一番強いやつだ、そして縄張り意識が激しい事が特徴でな。放っておけば自分の縄張りに入ってきた生き物、人間動物果ては同じモンスターでさえも攻撃を加える性質だ」

「ということは……他のモンスターもあいつに殺されてる可能性があるってことですか?」

「そういうことだ。そうなれば楽なんだがな。さあ、行こうか。俺の側から離れるなよ」

「はい!」

守られて、それで安心感を覚えたヌーフ。

彼女は嬉しそうな顔で俺に寄ってきた。

そんなヌーフをまもりながら一緒に「牧場」の内部にはいり、隅から隅まで見て回ったが、案の定中は既に激しく戦闘した後で、ほとんどのモンスターがカトブレパスによって殺されたあとだった。