軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

194.約束

ララク郊外、フ・ララクという名前の土地。

古い言葉でフ・ララクとは「ララクの母」という意味らしい。

このエンリル州では、州都ララクを中心に、「ララクの何々」という地名がかなりの数存在する。

歴史と伝承が混在する様々なエピソードがあり、歴史家たちにとっては色々と「やりがい」のある土地らしい。

そのフ・ララク、多くの若者が開墾しているそこに、俺はヌーフとともにやってきた。

総督の服飾を纏い、幼い娘を連れて来た俺を、若者は手を動かしつつも気になるのかちらちらこっちの様子をうかがっている。

それらの視線を受け流しつつ、俺はヌーフがすることを見守る。

ヌーフは作りかけの水田の様子をチェックしている。

ヌーフ・セーリング。

この土地にやってきてから知り合った少女。

最初は面白い民衆の扇動と指揮の仕方に感動して興味をもっただけだったのだが、話をしていくうちに新種の稲の栽培をしている事がわかった。

品種と刈り取りなどを工夫して、年に二回収穫できることを実現させるという、画期的な稲だ。

言うまでもなく土地から取れる作物の量で賄える人の数――つまり国の人口の事実上の上限が決まるし、人口の数はそのまま国力に直結することがほとんどだ。

つまり ヌーフの稲(、、、、、) は国力を爆発的に増加させる可能性を孕んだものだ。

それだけでなく、俺はヌーフに子供の頃の自分と同じ性質を見いだした。

今となってはもはや理由の追及のしようもないが、俺はある日この「ノア・アララート」という赤子に転生した。

大人の記憶を持った赤子だ。

そのため、傍から見れば幼少時から地頭がよくて、教育を受けても綿に水が染みこむようにどんどんどんどん吸収してきた。

6歳のころから頭角を現わす事ができたのは、庶民の頃に決してなかった、夢物語のような教育を受けさせてもらえたからだ。

それと同じ性質をヌーフに感じた。

しかるべき教育をすれば彼女は大いに化けるであろうという可能性を見いだした。

だから俺はヌーフを引き取った。

ヌーフの稲は無論欲しかったが、それだけではなくヌーフも貴族の教育を施せば将来を託せる人間になる。

何物にも代えがたい宝物になる――そう思った。

そのヌーフと一緒に、この日は稲を大規模に栽培するために確保したこのフ・ララクという土地に出向いてきた。

到着するなり、一心不乱に水田をくまなくチェックするヌーフを見守り、一段落したであろうタイミングを見計らって声をかけた。

「どう思う?」

ヌーフは土を見るためにしゃがんだまま、顔だけあげた。

「大丈夫、この土なら水はけが丁度いい具合になりそう。水田だから良すぎても悪すぎてもだめだけど、これなら」

「そうか。米自体はよく育ちそうか?」

「たぶん、そこはやってみなきゃだけど、このまま土を育てて行けば問題ないと思うよ」

「なら予定通り近くに堆肥場を作ろう」

「近くに作るの?」

ヌーフは立ち上がり、俺の方を向いて、ちょこんと小首を傾げた。

「堆肥場って、きっつい匂いが出るから遠くに作った方がいいんじゃないの? ここは――」

そこで一旦言葉を切ったヌーフは、周りを見回した。

まだ、耕作の土地の他には、ポツポツと簡易的な建物が点在する程度の土地だ。

「今はまだ何もないけど、これから開墾して民家も建てて行く土地だよ。堆肥場はすこし離れたところのほうがいいんじゃないの?」

「その理屈もわかるが、しかし遠すぎると今度は堆肥を運ぶのに人夫が必要になってくる。そうすると賃金のやり取りが発生しかねない。下手したら多少収量がへってもいいからそこを ケチ(、、) ろうと思う者も出かねない」

「そっか……」

「そうなったら本末転倒だ。家族内で、子供とかが手伝いで運べる程度の距離がとりあえず無難だろう」

「そういうのもあるんだ……うん」

なるほど、って感じの顔をするヌーフ。

顎に手をやって、気持ち斜め下に視線を――地面を見るような視線での思案顔をした。

最後に頷いたのは、「これで覚えた」という仕草なんだろう。

「土を育てる、か」

一方で、俺はヌーフの言葉をよく吟味する様に舌の上で転がしつつ、考えた。

頭の中で考えをまとめたあと、未だに考えごとしているヌーフをいったん放置して、周りを見回す。

数メートル先で控えている中年男の姿を見つけた。

男はやや背中を丸めた、手を低めに下げた姿勢をしている。

貴人を前にして失礼ない様にしたいが、とはいえ作法なんてよく知らない――という、農民などによく見られる仕草だ。

俺は手招きして、男を呼び寄せた。

男はハッとして、一生懸命駆け寄ってきた。

「お、お呼びでございますか!」

「おまえがここの長か?」

「は、はい! いえ! その、長というか一番歳喰ってるから――」

「ああ、なるほど」

そういう流れか、と思った。

長というわけじゃないが、とりあえずお前が一番年上だから代表にたってくれ、というよくあるパターンだ。

「周りに異議がないのならこのままお前が長をやれ。あとで一筆書いてやる」

「あ、ありがとうございます!」

「で、みんなにはお前の口から伝えてやれ」

「何をですか?」

「ここの土地はお前達に貸し出すって話だったな」

「はい」

「ならば二十……いや、みんな若いから十年でいいだろう。十年間投げ出さずに耕作を続けたら土地ごとくれてやる」

「…………え?」

男はきょとんとなった。

何を言われたのかよく分からない、という顔をした。

「それってどういう事ですか?」

「言葉通りの意味だ。十年間ずっと耕しつづけたら土地そのものをくれてやる」

「……………………えええええ!?」

数秒間、意味が分からないって感じで止まってしまったが、その後大声を上げてしまう。

数十メートル先で土地を耕している人間まで「何事だ?」と手を止めてこっちを見つめてくる位の大声だった。

「ほ、本当ですか?」

「ああ、いずれ自分の土地になると分かればその土地を育てるのも気持ちが入るだろう」

「あ、ありがとうございます! その、みんなにそれを教えてきていいですか?」

「ああ」

皇帝――いや総督相手であっても、話の途中で中座していいかなんて普通の農民には聞けないものなのだが、よほど嬉しいのかそうしたいと言ってきた。

相手は貴族ではない、作法にうるさくする理由もないからそれを許可してやった。

男がパッと走って行き、大声で手を振りながら「みんなー」と人を集めた。

集まってきた者達に何かをいって、それで驚き、そして喜びの声が順にあがった。

「すごい……」

「ん?」

横を向くと、ヌーフがいつの間にか考えごとが終わっていて、俺と男達のことを交互に見比べた。

「そんな方法があったなんて。みんなすごくやる気がでるよ」

「そうか」

「うん、土地なんて普通一生働いても手に入るかどうかだから」

「もともとはなにもない土地だ」

俺はそういい、周りを見回す。

多くの若者が土地を切り開いている。

人の手によって掘り返された土地に黒い土が見えるようになったが、視線を少し広げてみると、「人がいる」土地の外周から先はまだまだ「荒野」という感じの土地だ。

田畑になりそうな黒い土にしたところで、若者達が土の中から石や木の枝、場合によっては岩クラスのものや木の根っこが掘り出されている。

クワで耕してたらゴミがどんどんどんどん出てくる状況だ。

何もない土地を開墾しているのがありありと見えて、元々はもっと「何もない」土地なのが容易に想像出来る。

「であれば汗を流したものたちに与えるのがベストだろう」

「普通はそうは考えられないですよ。地主が小作人をつかって切り開いてもそれは地主のもののままだから。すごいです」

ヌーフが同じ言葉をくり返し口にした。

土地をそのまま与えるのがよほど信じられない事のようだ。

翻ってみれば、それだけの「エサ」になり得る事でもある。

実際、男が皆を集めて、それを告げたあと。

歓呼の声がしばらくの間鳴り止まなかった。

全員はこっちを見て、手を振り上げながらバンザイバンザイと連呼している。

「さて……俺はそろそろいく」

きびすを返し、歩き出しながらヌーフに言う。

ヌーフは少し驚いた様子で、俺の後についてきた。

「どこにいくんですか?」

「もう一仕事がある。お前は先にララクに戻ってていい。ああ、馬車はお前が使っていい」

「仕事なら……一緒について行ってもいいですか?」

「ん?」

すこし驚き、立ち止まって、振り向いてヌーフを見る。

ヌーフは玩具を親にねだる子供のような表情をしている。

そういう表情が自分に向けられるのは大分久方ぶりで、もはや新鮮に映る。

「面白みのない仕事だぞ、しかも少し血なまぐさい」

「だったら」

ヌーフは「なおさら」って感じの表情をした。

「どういう事なのか、見て勉強したいです」

「そうか。ならなにがあっても俺の側から離れるな、危険だからな」

「はい!」

ヌーフを連れて、少し離れたところでつないでいる馬車のところに向かった。

二頭引きの、郊外の多少な悪路でも問題なくつかえる頑丈な作りの馬車だ。

元々はヌーフをこの馬車で州都ララクに戻し、俺は徒歩で次の目的地に向かおうとしたが、これをそのまま使うことにした。

ヌーフを連れていく事になったから、待機している御者だけを先に帰した。

御者はヌーフと違って、連れて行く意味はまったくない。

ヌーフだけを乗せて、俺は御者台に座る。

手綱とムチを使って、二頭の馬に指令を出す。

帝都の皇帝用のものにこそ及ばないが、州の総督用に調教された馬の馬車はそこそこの乗り心地だった。

「そういえば、どういうお仕事なんですか?」

「震災の後始末だ。 こっち(、、、) まで手が回らんらしいから、俺が代わりにやることにした」

「震災の後始末……」

どういう事だろう、と訝しんでいるのがヌーフの表情からありありと見て取れた。

震災の後始末で連想出来る事柄のほとんどは「街」でやるものだが、馬車は人里から更に離れていってる。

こんなところで震災のなにを後始末するんだろうか、と疑問に思っているのがありありと見てとれた。

同じように大地震の影響で、ところどころ修繕が必要な街道を馬車で数十分ほど進んでいくと、荒野にぽつんとたっている建物にやってきた。

「ついたぞ」

俺は先に御者台から飛び降りてから、ヌーフに手を貸して馬車から降ろしてやった。

おりてきたヌーフはその建物を見あげて――。

「砦、ですか?」

と聞いてきた。