軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

193.飴と鞭

エンリル州、州都ララク。

雲一つない、晴れ渡った青空の下に広がっているのは、急ピッチで復興している光景だった。

地震の被害が多かったここララクでは、被災直後は倒壊した建物や、火災で燃え落ちた建物などの瓦礫がそこかしこに散乱されていた。

それはただ被災したからというだけにとどまらず、火事場泥棒などの蛮行によって掘り返されたり、略奪されたりもしたため、天災と人災があわさりより散乱を極めていた。

そういった瓦礫は今は全て撤去され、無事残った建物と建て直している建物が半々といった景色になっている。

当然ながら復興の賑わいもあるが、それとは異なる種類の、異様な熱気の賑わいも発生している。

ララクの中央にある広場では、10人ほどの罪人が跪かされている。

全員が男で、手を後ろに縛られ、両膝を地面につかされている。

いずれも囚人服を身に纏い、髪もヒゲもぼうぼうの伸ばし放題で、垢や乾いたよだれ、食べかすなどがこびりついている有様である。

その男達は、ほぼ全員がうなだれて、猿ぐつわもされていないのに誰一人として喋らず声もあげない。

傍目からは全員が観念している、という感じに見える。

その囚人たちが跪かされている広場を、大勢の民衆が取り囲んでいる。

兵士が外周をガードして、民衆を囚人たちに近づけさせないようにしているが、近づけなくとも民衆からは異様な熱気が立ちこめていて、それが広場全体に充満している。

取り囲む民衆のほぼ全員が怒り、ないしは恨みのこもった表情をしている。

やがて内側にいる一人の役人が空を見上げてなにかを確認してから、「刻限である」と高らかに宣言した。

それが、怒りという溜まったガスに火をつける一言となり。

広場は爆発的な怒号と歓声に包まれた。

州都ララク、総督官邸の執務室。

俺、ノア・アララートは執務机と向き合って座っていた。

机の向こうに一人の男が立っている。

年齢は三十の半ば、高級官吏の服装を違和感なく着こなし、文官の格好をしているが、肌は浅黒く、事務仕事よりも外を駆けずり回っている光景の方が想像しやすい男だ。

名前はワーズ・グワース、エンリル州にきてから幕下に加えた男の一人だ。

男は書類を持ったまま、その内容を俺に報告した。

俺は座ったままそれを聞く。

「ご報告申し上げます。本日正午、収賄額3万リィーン以上5万リィーン未満の者達の斬首刑が執行されました」

「うむ、民衆の反応は?」

「現場は殺気立っておりましたが、それは収賄したものに向けられたもので、首が次々と落ちた後は歓呼に変わっておりました。そのため暴動といった類の混乱は生じておりません。しかし――」

「うん?」

「その……」

まごつくワーズ、よほど何か言いにくいことがあるようだ。

このあたりドンとかエヴリンとか俺に仕えて長い者達なら、

俺の気性をよく知っているから遠慮無く報告してくるのだが、直接仕えてまもないワーズにはまだそれが出来ないのだろう。

「とりあえず話せ」

そうするように促してやった。

とりあえず、という言葉がきいたのか、ワーズはおずおずと口を開いた。

「はっ……その、近くに屋台などが多く出店しているらしく、その――」

「 そのこと(、、、、) か」

俺はフッと口角を持ち上げて笑った。

前もって禁止しなかったからか、人出を見込んで屋台とか出店が集まってきたということらしい。

このあたり、慣れない人間――特に処刑をあまりやらない農村部の人間には理解しにくいことだが、汚職した官吏の公開処刑を民衆は望んでいて、それが事実上の見世物――娯楽にすらなっている。

慣れた人間などは肉の串焼きを頬張りながら首が落ちるのを見物することもある。はじめて目にする人間は開いた口が塞がらないような状況に陥る事もよくある。

一部の好事家などは処刑人の腕の品評までやっているほどだ。

一応それは「風紀の乱れ」という類のものだから、ワーズが口籠もるのは理解できる。

が――

「捨て置け、些事だ」

「は……はっ!」

「そういう状況ならば、予定通り、三日後は五万以上十万未満の者達を執行しろ」

「御意……その……」

一度は頷いたワーズだったが、何か言いたげな表情をしている。

俺の表情をうかがって、言うべきかどうか迷っている、と言う顔だ。

「何か気になることがあるのか?」

「いえ、気になる事というか。なぜ、一斉に処刑を行わないのでしょうかと。陛下は――」

「今は降格中、皇帝ではなくここの総督だ。さっきの御意もいらん」

俺はワーズの言葉を遮った。

最初にあった時に宣言しているが、まだまだ俺には皇帝に対する呼び方とか作法とかをしている。

それを指摘すると、ワーズは慌てて頭を下げた。

「も、申し訳ございません」

「いい。飾らずに言えば今回の降格は一種の見世物だ。だからこそ見せかけは大事だ。なんだかんだいって結局皇帝のままかよ――と思われれば 俺(、) のやることが無意味になる」

「そこまでお考えで……すごいです」

「分かったらこれからはちゃんとそうしろ、俺は総督、それに合わせてふるまえ。その方が気分が ノ(、) るのなら事と次第によっては面罵してもいいぞ」

「かしこまり――とんでもありません!!」

頭を下げかけて、慌ててあげて手をふった。

総督を面罵するのも中々の勇気はいることだが、世の中には諫臣である事を信条をする者達もいるためない事ではない。

それに合わせた冗談だったのだが、ワーズはそういう冗談が通じないタイプのようだ。

まあいい、と思いその話を流した。

「で、気になる事は?」

俺は話を元に戻した。

ワーズはハッとして、一度頭を下げてから続けた。

「はい――総督閣下は既に一万リィーン以上の者全員に死罪を下しているのに、何故一斉に執行しないのかと」

ワーズは俺への呼び方で少し迷ったが、それ以外の事はすらすらと口からでた。

「うむ。一万以上三万未満は死罪だが執行猶予付き、三万以上五万未満は斬首、五万以上十万未満は斬首の上さらし首、十万以上は叛逆以外でもっとも重い絞首――だったな」

「はい」

「理由は二つある。こうして収賄の金額にあわせて死罪の重さを分けたのだ、それをまとめて執行してしまっては分けた意味が曖昧になってしまう。収賄は死罪ってだけだとこれからやるかもしれない連中に対する抑止力が半減してしまう」

「半減、でしょうか」

意味が今ひとつ飲み込めない、という感じで「半減」つぶやくように聞き返してくるワーズ。

「お前、絞首刑の死体を見た事はあるか? 自分で首をつった者の遺体でもいい」

「い、いえ」

「絞首刑を執行する前日にな、最後の晩餐で希望通りに好きな物を好き放題に食べさせる。そういうしきたりだ。そして首を吊った人間は死後筋肉が弛緩するから、執行後は下半身から汚物が垂れ流しになる」

「汚物が……」

「面白い事にな、ああいう連中でも死後の事を考える。首を落とされた死体はそこそこ すっきり(、、、、) しているものだが、首をつった死体は下半身が汚物まみれだ。適当な理由をつけてしばらく吊しておくから、 そこそこ(、、、、) の光景になる」

「それを厭がるという事でしょうか」

「ああ、そんな惨めな死に方はまっぴらごめん、と思うそうだ」

「……」

ワーズは複雑な表情をした。

それが理解できない、という顔だ。

死んだら全て終わりなのに死んだあとの見た目を気にするのは理解できないと言う顔だ。

そういう人間はいる、はて気にする者とどっちが多数派なんだろうかと少しだけ興味を持った。

「共感しなくてもいい、知識として頭に入れておけばそれで事足りる」

「は、はい!」

慌てて応じるワーズ。

俺にその疑問を見透かされたことに慌てたようだ。

気にせず、話をさらに先に進めた。

「ちなみにもっとも重い斬胴刑は死ぬまで数十分はあって、上半身はそこそこ動く。血の海の中でもがく姿はもっと残酷で惨めだから、帝国が斬胴刑をもっとも重い死刑にしている」

「つまり――今後やる者に『ほどほどにな』というメッセージでしょうか」

「……」

俺は真顔で無言になって、窓の方に視線をむけた。

いきなり無言で視線をはずしたからワーズは「何か間違った事をいったのだろうか」と慌てた顔になった。

すこしだけトーンを落とした口調で話した。

「俺は贈収賄というものが根絶出来るとは思っていない。目指しはするが、実現できるとは思えん。だから少しでも規模を小さくして、それで民への影響がすくなくなればいいと考えている」

「へ――総督であればきっとそれも――」

「理想と現実を混同するのは暗愚への第一歩だ」

俺はワーズの言葉を遮った。

ワーズは目を見開いて先の言葉とともに息を飲み込んだ。

「この先かならず隠蔽の方向に一度舵を切られる。10万以上受け取った人間があれこれ理由をつけて1万程度しか受け取っていない、とかな。あるいは復興中だから手が回らないとここぞとばかりにやってくる者もでるだろう。その時にそういった者たちを厳罰に処すことで ひとまず(、、、、) の落ち着きをみるだろう。そうだな……上手くやれば俺が生きてるうちは効果が持つだろう」

「そこまで考えて……すごい!」

ワーズが目を見開かせ、驚嘆と称賛が入り交じったような顔をする。

俺はふっと笑い、話題を変えることにした。

「話が盛大にそれてしまったな。それよりも連中と入れ替わる役人の候補は見つかったか?」

「あ、はい!」

ワーズはハッとした様子で、慌てて部屋の隅っこにある書類置きの中から、結構な厚さのある紙の束を捜し出して、俺にさしだしてきた。

俺はそれをうけとって、一番上のものに視線を落とす。

官吏となるものの詳細な履歴が書かれている書類だ。

本人の年齢や身体的特徴、学歴や経歴などはもちろんの事。家族構成や血縁関係、主な交友関係まで書かれている。

思わず感心してしまうくらい、詳しく調べ上げられた書類だ。

もしかして最初の一人だけがこうか? と思ってぱらぱらとめくってみたが、全員が同じくらいの詳しさで記されていた。

「ふむ、わかりやすいな。これを調べたのは?」

「はっ、そ、総督閣下のご命令でしたので、部下に任せられないと思い私が」

「大変だっただろ、ここまでやるのは」

「いえ、ご命令でしたので、特にどうということは」

「そうか。お前の俸禄は今どれくらいだ」

「え? 月……40リィーンですが……」

いきなりなんの事か? と、話題が脈絡なく変わった事にワーズは驚き、戸惑った。

「40リィーンか、民間平均の倍程度だな」

「はい」

「今月から80――いや100にしてやる」

「ええ!?」

「働きにはしっかりと報いる、受け取っておけ」

「あ、ありがとうございます!」

「こいつらもそうだ。基本は……前任者のまずは1.5倍の俸禄にする」

「1.5倍、ですか……?」

「ちゃんとやってたり、功績をあげれば更に上げてやる。そのかわり――」

「――っ! それでも不正や汚職をするのなら厳罰、でございますね」

「わかってきたじゃないか」

俺はふっと笑った。

つまりは飴と鞭という話だ。

人間は全員が全員高潔的になれはしない。

そして能力のある人間が相応の報酬を求める事をとがめられもしない。

だからまずは基本の俸禄をふやしてやる。そうして高給をもらっていながら贈収賄などの不正に手を染めるのなら厳罰する。

それは俺の基本方針。

親王時代から大して変わっていない基本方針――なのだが。

「すごい……」

驚嘆するワーズ。

初めて俺と接する彼には、新鮮なやり方に映ったようだ。

「その方向性でやれ」

「かしこまりました。つづきまして、本日も商人からの 就任祝い(、、、、) が届けられました。これで一定以上の規模があるところでいまだに送られてきていないのがジャクミ商会のみと――」

「いつも通り送り返せ。次」

「かしこまりました。次に総督様に新規出店の命名をしてほしいとの申し出が――」