軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

196.腹心ゾーイ

あくる日の昼下がり、ララクの総督執政室。

ここ最近起用したワーズ・クワースと向き合って、彼から報告を受けていた。

「州内各地にある牧場の点検が完了いたしました」

「うむ、結果はどうだ」

「牧場内の魔法結界、並びに物理障壁の修復、最長でおよそ一年かかる見込みです……」

報告するワーズだったが、最後の方になっていくにつれて歯切れがドンドン悪くなっていく。

気持ちはわかる。

モンスターという人間を襲う猛獣以上の存在に対する対策、その報告の内容が「一年かかる」ともなれば報告するのに気が重くなるのも無理はない。

「なぜそれほどかかる。予算の問題か?」

「いえ……金銭面が理由ではありません。まず魔法障壁ですが、これは複数の魔法使いが複雑な術式を編み込むようにして構築します。途中で安定するためにしばらく『寝かせる』行程も必要でございますので、どうしても時間がかかってしまいます」

「そうか。物理障壁の方は? 資料を見る限りただの分厚い壁のようだが」

「こちらは特殊な材木を使います。その材木の生産量が限られており、今回のように地震でまとめて修繕が必要となったときどうしても追いつかなくなってしまいます」

「そうか」

トントン、と指で机をリズミカルに叩きながら、今し方受けた報告の内容を頭の中で整理する。

「急がせたほうがよろしいでしょうか」

俺の顔色をうかがい、訪ねてくるワーズ。

俺ははっきりと首を横に振った。

「いや、そういう事情なら無理をすることもない。先帝が多くの人間を使って、その叡智を結集して編み出した方法だ。実際それで地震が起きるまでは全国各地でモンスターによる被害はほぼゼロになった」

「はい」

「であれば一年間こらえてでも万全を期すべきだ」

「かしこまりました――」

一応は頷いて見せたワーズだが、口調とは裏腹に、視線が泳いでいた。

「何か問題があるのか?」

「え?」

「目が泳いでいるぞ」

「も、もうしわけございません!」

「よい、気にせず話せ。実情の報告だ、お前に責はないしとがめもせん」

「は、はい」

ワーズは一度舌で唇を湿らせてから、意を決して、と話し出す。

「修復に一年ほどかかるのであれば、その間、定期的にモンスターの退治、討伐をする必要がございます」

「当然だな。……たしか『牧場』の管理下でなければ自然増殖のペースも速くなってしまうのだったな」

いってから、速いではなくそれが本来の速度なのだろうと思い直したが、口には出さずにそのまま腹の中に飲み込んだ。

「は、はい!」

「うむ……」

手を組んで顎を乗せ、考えこむ。

俺の姿をみてまた怯えるワーズだったが、それは無視した。

少しして、考えがまとまった。

「その分の、増えた分の討伐は民間にやらせよう」

「民間、でございますか?」

「ああ、ギルドか組合か、そういうものの営業許可を出そう。さしずめモンスターギルドだ」

「モンスターギルド……モンスター討伐を専門とする、ハンターのギルドということでございますか」

俺は微かに頷き、更につづける。

「呼び水となる資金を投入しておけば自然と回るだろう。帝国は戦士の国、騎士選抜に備えて腕を日夜磨いている者達が大勢いよう。その者たちに働いてもらう」

「なるほどその手が……すごいです」

「まずは公営ギルドを一つ作ろう、人選をリストアップしろ」

「は、はい」

以上だ、といってやると、ワーズはばたついた感じで外に飛び出した。

飛び出した後の、閉まった扉を俺はしばし見つめた。

「なおらんか……」

ぼそり、とつぶやく。

ワーズ・クワースという男はそこそこ有能である。

今の地位から一段階ないしは二段階出世させてもまた有能に働けるだろう。

が、性格的に俺の元で働くのはあわないだろう。

臆病がすぎるのか、それとも単にまだ慣れていないだけなのか。

いちいち俺の――「陛下の不興を買いはしないだろうか」とビクビクしている。

その事で都度指摘していて、ワーズがそれを直す。

その分のやり取りで時間をとられてしまう。

このエンリル州は震災の復興のまっただ中だ、やることが山積している。

そのやり取りに割く時間も惜しい。

俺が見過ごせば良いだけならそれで良いのだが、ワーズのそれは「言いよどむ」という無駄な行程が入ってしまう。

それは全くの無駄だ。

今日ので分かったが、どうやらそれは指摘しても無駄だ。

いや、一年とか長い時間をかければ改めるかもしれないが、今はそれに割く時間も惜しい。

やはりこれ俺という存在に慣れていて、俺の気性をよく知っている者を少なくとも一人は側にいてほしい。

「ドン、エヴリン……このあたりは出世させすぎたか……」

腹心中の腹心である二人は、今や第一宰相と第四宰相という、帝国にとって重鎮中の重鎮になった。

さすがに動かせない。

他に呼べるものは――と、頭の中で俺の事をよく知る者たちの顔を一つずつ思い浮かべていった。

十日ほどして、よく晴れた昼下がり。

俺は数名のメイドを引き連れて、官邸の庭に出て一台の馬車を出迎えた。

作りの良い馬車だが、よほど無理させたのかあっちこっちに見える損傷が激しく、しかもその傷はいずれもまたらしいもの。

馬はさほどの疲れは見せていないが、添え木のくたびれ具合からして馬は交換しているからそうなのだろう。

官邸の敷地内に入るなり、馬車の中から何か一言が発せられ、それで御者が手綱を引いた。

馬が前足をばたつかせながらいななき、馬車がゆっくりと入り口付近にとまる。

御者が昇降台をもっていくよりも早くドアが内から開き、一人の女がおりてきた。

ゾーイである。

かつて俺の屋敷のメイドであり、今はエヴリンと同じ「外」にだして、地方の官吏をやっている女だ。

ゾーイは俺の姿をみて、パッと小走りで駆け寄ってきた。

そんなゾーイの姿をみた。

馬車の車体同様、ゾーイの姿もかなりくたびれている。

馬車というのは、短距離であればよいのだが、長距離ともなるとかなり疲労がたまるものだ。

車輪で進むという構造上、地面が凸凹だった場合その衝撃をもろに受けてしまう。

ひどいときは馬車そのものが上下に激しく震動し、大揺れする。

船ほど大きく揺れないが、激しさという意味では船より上の場合も多い。

それを長距離乗ってくれば当然の如く疲労がたまる。下手をすれば歩いた方が楽、というレベルでの疲労を溜めてしまう事もある。

ゾーイにしても、服装などの格好は綺麗なままだが、顔からははっきりと疲労の色が見て取れる。

が、それでもゾーイは横着しなかった。

馬車をすこし離れたところで止めて、「最後の一歩」は自分の足で俺の前までやってきた。

俺はフッと笑い、彼女に話しかけた。

「意外と早かったな、俺の連絡がいってすぐに発ったのか?」

「はい、 ご主人様(、、、、) を待たせてはいけないと思って」

ゾーイはそういって、その場で一礼した。

庭――つまりは屋外であるのにもかかわらず、ほとんど平伏するほどの一礼だ。

顔に色濃く疲労が出ているのにもかかわらず、それを感じさせないスムーズな動きをした。

武術家であれば「反復修練の先にたどりついた境地」と評するのだろうな、と何となく思った。

そんな事を思いながら、クスッと笑みをこぼしつつ、ゾーイに言う。

「大仰だな」

ゾーイはたっぷりと、最後まで作法に則っての一礼を完遂させてから、立ち上がって俺とまっすぐ向かい合って、答えた。

「皇帝からの降格は官報で拝見しました、けれど私は親王邸からの者で、これは家法でございますので。語弊を畏れずに申し上げれば、我々家人にとっては皇帝陛下よりも屋敷の主人の方が尊き存在であります」

「そうか。お前を呼んで正解だったな」

俺は目を細めた。

公の場で「皇帝よりも主」とは決して言えない。

が、過去に皇帝が親王の屋敷に降臨した時に、皇帝の命令では動かずに、主人である親王の命令のみで動く使用人がいて、その事を時の皇帝が称賛したというエピソードがある。

従うのはあくまで直属の主、主の主は尊びこそするが無条件に従う訳ではない。

ゾーイはそうと言ってきて、それを聞いた俺は少し楽しくなった。

一方で、俺が「正解」だという事に少し不思議がって見せたゾーイ。

「ともうしますと?」

「ご主人様呼びと、家法。未だに俺の事を皇帝と扱っていらんことをするものが多くてな」

俺がそういうと、背後に控えている数名のメイドがビクッとしたのが気配で伝わってきた。

いらんこと――に心あたりがあるんだろう。

そんなメイド達の反応は、俺と向かい合っているゾーイにははっきり見えているからか、彼女はクスッと――俺にではなくメイド達に見えるようにクスッと笑い、フォローをした。

「仕方ない事でございます。ご主人様は生まれついての威厳を持ち合わせておられます。仕えたばかりの人ではそうもなります」

「だからお前を呼んだ。しばらく俺の元で働いてもらうぞ」

「はい、この身、存分にお役立ててくださいませ」

「官職はない」

「え?」

驚くゾーイ、そのために呼んだのではないか? という顔をした。

俺はほとんど間をおかずに続けた。

「肩書きは十三親王邸筆頭執事、それでやってもらう」

「……すごいですご主人様」

驚きの顔が一瞬にして感動、感激の表情に変わった。

「あくまで皇帝ではなく総督ということを主張するための『十三親王』、そして長く屋敷からお仕えした私をその位置につけてのアピールですね」

「ああ、法的にも親王邸の筆頭執事クラスなら準官職として扱われる。肩書きはそうだが、やることは総督の秘書官だ。副総督は置かないから事実上のナンバー2ということになる」

「かしこまりました。では普段は屋敷時代のメイドの格好をします」

「そうしろ。他に聞きたいことは?」

「私に取り入ろうとする人達のことはどうすればよいのでしょうか」

真顔で聞いてくるゾーイ、俺はふっと笑った。

十三親王邸筆頭執事、事実上の副総督、俺の腹心。

そのような立場であれば当然彼女に取り入ろうとする連中が現れるだろう。

いや、ひっきりなしに、というレベルで現れるだろう。

ゾーイの質問は俺に忠誠を誓う人間であれば当然のものだ。

俺は笑みを保ったまま、まずはゾーイの意見を聞いてみることにした。

「お前の予想だとどれくらい現れると思う」

「まずはひっきりなしに押しかけてくるかと思います」

「ほう?」

同感だが、そうは見せないようにした。

「ご主人様の事をよくしらない土地、女だてらに高位につかせてもらった私。人と出来事が一巡するまでは邪推がはびこって、あわよくばを狙う者達も多いことでしょう」

「同意だな」

俺はまたまた笑った、すこし感心した。

あのゾーイが、という親心に似た気持ちが首をもたげた。

ゾーイの方が俺よりも年上であるのにもかかわらず、である。

「そこまで自己分析ができるのか、そういう風に見られるのいやだろうに」

「ご主人様のために働けるのです、外野が何とさえずろうとも気になりません」

「そうか。汚職や横領、その額が合計1万リィーン以上のものを死罪にした」

「はい」

俺は口調を変えた。

ゾーイも表情を変えた。

「お前に取り入ろうとする者の話だったな……話に乗った方が良い、とお前が判断した者に対してなら、1万以下ならもらうという演技をしておけ、その方が向こうも納得し、信用する」

「すごいですご主人様、そうします。その都度ご主人様にご報告します」

「お前の事は信用している――いや、そうしろ。手順は大事だ」

ゾーイの事は信用している、任せていい――と思ったが、それでは後始末が面倒くさくなる。

受け取った直後から俺に報告しているのであればその問題はなくなる。

この当たり、法務王大臣をやってきた事もあって、俺は「手順」というものを重視した。

「後は中で話そう」

「はい」

俺はゾーイを連れて、官邸の中に入った。