軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

110.生け贄

次の日、俺は単身でレアララトの庁舎にやってきた。

庁舎とはその町の公的な行政機関の事で、通常はその町を統治する領主なり代官なりがいる場所だ。

大通りに立って、その庁舎を見あげる。

最高で三階建ての建物だが、見慣れない様式の建築物だった。

「……王宮、か」

俺の頭の中にそんな感想が浮かび上がってきた。

はじめて見る様式のものだが、外観についてる装飾だったり、門のこしらえだったり、街との高低差の位置関係だったり。

全てが、いわゆる王宮の要件を満たしていた。

「よほど楽しめたようだな」

俺はフッと笑った。

辺境に赴任した代官や総督が、その土地で王のごとき権力を振るう事は珍しくない。

同じ官職でも、都にいればただの中堅役人だが、辺境にでれば都から来たお偉いさんになる。

だから出世して帝国の中枢に食い込むよりも、官職が低くてもいいからずっと辺境の下級官吏でいたい、と言う話はよく聞く。

中には、政績を監察する監察官に賄賂を送って、留任するようにするものさえいる。

そういう意味では、不毛の地かつ辺境だったサラルリアはそういうのがやりやすかった土地だろうな――と、目の前の宮殿っぽい建物をみて全てを理解した。

まあ、それは今どうでもいいことだ。

俺は再び歩き出し、正門を守っている門番の前にやってきた。

この手の門番は基本二人組で、観音開きの左右に控えているのが一般的だ。

ここも例外ではなく、初老の男と若い青年の二人組が番兵をしていた。

俺が近づくのを見ると、若い門番がこれまた定番の武器である槍を構えて、穂先をこっちに突き出してきた。

「止まれ! 何者だ」

「こういうものだ」

門番と問答をしている時間も惜しい、と。

俺はリヴァイアサンの力を解放して、背中に紋章をだした。

船を意匠した、俺の紋章だ。

かつてレヴィアタンだった頃に編み出した技だ。

紋章とともに、もっとも俺に忠実な狂犬リヴァイアサンのプレッシャーで威圧する。

「「はは――」」

門番の二人が同時に槍を捨てて、その場に跪いた。

偶然通りかかった人間の中からも跪くものが現われた。

このプレッシャーで、相手に俺が皇帝である事を主張してわからせるのだ。

「中に入るぞ。ここのトップは誰だ?」

「は、はい!総督様がいらっしゃいます」

「わかった」

頷きつつ、二人の門番をその場に置き去りにして、庁舎に入る。

中に入ると様々な人間と遭遇するが、リヴァイアサンの威嚇が続いているから、会うもの会うもの全員が一瞬で俺に跪いた。

跪く人間から総督室の 在処(ありか) を聞いて、建物の最上階にあるそこにやってきた。

俺はノックをせず、扉を押して中に入った。

俺の――皇帝の執務室に勝るとも劣らないほどの豪華な調度品がしつらえられた政務室のなか、一人の男が机に脚を載せた格好で杯を傾けていた。

「だれだ? ノックくらいせんか」

「これでいいか?」

俺は開け放った扉に、後付けのノックをしてみた。

男は不機嫌な顔でこっちをみた――直後。

「へ、陛下!?」

驚き、椅子から転げ落ちた。

杯は床に落ちて割れて、琥珀色の液体が男の体にかかった。

男は床を這うようにして、俺の前に来て、四つん這いのまま何度も何度も頭を下げた。

「へ、陛下がお越しとは知らず大変なる無礼を――」

「いい。……お前は余の顔を知っているな?」

俺はそういいながら、リヴァイアサンの紋章を引っ込めた。

紋章での身分明かしと、最初から俺の事を知っている人間の反応。

その反応が微妙に違ってて、目の前の男、サラルリアの総督は俺の顔を知っている方の反応だった。

「はっ! 都の親王邸で一度お顔を拝見したことがございます」

「ほう? 名前は」

「い、イエロー・ケーキと申します」

「ケーキ? ライスの身内か?」

「はっ、ライスは愚弟でございます」

「なるほど、ということはヘンリーの家人か」

「いえ、わたくしは第八殿下の家人でございます」

「……ほう」

面白い、と思った。

ライス・ケーキ。

それは第四親王ヘンリーの家人だ。

俺が12歳のころ、ヘンリーの下で兵務省につめていた頃にであった男で、兵には厳しい一方で、その手腕で上手く兵をまとめ上げて戦功を立てるという、豪腕タイプの武将だ。

戦士の国である帝国で戦功を積み上げて、十年後は宰相職もあり得る位のおとこだ。

そのライスの兄だというのだから、同じくヘンリーの家人だと思ったのだが、本人はオスカーの家人だという。

「珍しいな、兄弟で違う親王に仕えるのは。なにか理由はあるのか?」

「そ、それは……」

イエローは気まずそうに目を逸らしてしまった。

目をそらして、ちらちらと俺の顔色をうかがってくる。

俺にいうと気まずくなるタイプの話か?

……ああ。

「なるほど、そういうことか」

「え?」

「大方、兄弟でそれぞれ別の親王に仕えて、どっちが即位してもライスの家は守られるって狙いか」

「そ、それは……」

「ははは、よい。十三親王だった余が即位するなど想像も出来なかっただろう。余のところに一族を送り込まなかったのは理解できる」

「きょ、恐縮です……」

「ふっ」

俺は薄く微笑んで、さっきまでイエローが座っていた椅子に座った。

そしてテーブル越しにイエローに目を向ける。

「立て、話がある」

「ぎょ、御意」

イエローは俺の命令通り立ち上がった。

「いくつかやることがある。まず、このレアララトに死刑囚はいるか?」

「死刑囚……でございますか?」

「ああ。即決までいかなかった、執行待ちの死刑囚だ」

俺はイエローに聞いた。

昨晩思ったのは、叛逆とかで連座制になって一族皆殺しに決まった死刑囚を使おうとしたのだが、よくよく考えたらそういうのはほとんど即決で、帝都にも今は一人も存在しない事を思い出した。

仕方ないから近場で死刑囚を調達する方針に切り替えて、ここに来たのだ。

「何人かは……」

「そうか。えん罪と身代りはないか?」

「え?」

「余は法務大臣だ、この手のからくりはよく知っている。金ではいった身代りはいるのか?」

「そ、それは……い、いないはず――いえ、いません。明日になれば――ッッ」

色々言いかけては、ハッとして口をつぐむイエロー。

「落ち着け、お前の罪を問いに来たのではない」

「え?」

「皇帝たる余がその程度のことでわざわざここまで来ると思うのか?」

「あっ……」

違う意味でハッとして、表情が少しだけ安堵する。

そもそも、身代りでの出頭とか処刑とか、そういう事は永遠に無くならないものだ。

ある程度の財力と権力があればそういうことがおきる。

主人がなにかをやらかしたとき、刑期が終わった後のあれこれを約束して、身代りで出頭させることは500年くらい前の書物でそういう事が確認されている。

事実として存在することで、この先も永遠になくならないだろう。

根絶不可能な事に時間を割くつもりはない。

「死刑囚の中で、えん罪とか身代りはいないかと聞いているだけだ」

「……何人かは」

「全部ではないのだな?」

「はい」

「ならちゃんとした死刑囚を使わせてもらう」

「ぎょ、御意。して、どのように……使う? のでしょうか」

「うむ」

俺は頷き、龍脈活性の事について、実務的な事だけを拾って、イエローに話すことにした。

頭の中で一通りまとめて、口を開きかけた――その時。

「総督様! 大変、大変です!!」

部屋の扉をぶち破ろうかというほどの勢いで、一人の中年が飛び込んできた。

飛び込んできたものを、イエローは怒りを露わに睨みつける。

「騒々しいぞ! 何事かはしらんが下がれ! 後で聞く!」

「それ所ではありません! 都からの特急文書です!」

「なに!?」

むぅ?

イエローは男から文書を受け取った。

そして手を振って男を下がらせた。

再び二人っきりになったところで、イエローは俺にうかがってきた。

「よろしいでしょうか、陛下」

「ああ、特急だ、余に構わず内容を確認しろ」

「はっ!」

イエローは恭しく腰を折ってから、特急で届いた文書を開封した。

目を通すやいなや――。

「こ、これは」

「どうした」

イエローは顔をあげて、俺を見つめる。

「火急の案件につき、サラルリアにお越しの陛下を見つけて、同封したものをお渡しするように、とのことでございます」

そういいながら、話にもでてきた文書に同封している一回り小さな封書を俺に見せた。

「見せてみろ」

「ははっ」

イエローは両手で封書を差しだした。

俺はそれを受け取って、開封して中を読む。

すると――驚いた。

それはヘンリーからの手紙だった。

内容はシンプルだった。

反乱勃発、皇軍敗走。

その一文だけ書かれていた。

ガタッ、と椅子を倒して立ち上がった。

「へ、陛下?」

「……なんでもない」

俺は深呼吸して、椅子に座り直した。

落ち着け、と自分に言い聞かせる。

大事だ、紛れもない大事だ。

だが――緊急事態ではない。

反乱の場所から帝都まで。

そして帝都からこのレアララトまで。

どっちも特急便をつかっても、届くまでに七日ほどはかかる。

つまり、敗走それ自体は七日前の事だ。

大事だが…… 場合によって(、、、、、、) は焦っても仕方のない状況だ。

俺はもう一度深呼吸した。

皇帝としての落ち着きを取り戻せと自分に言い聞かせた。

そして、考える。

今すべき事と、これからすべき事を。

「イエロー」

「はっ」

「超特急ようの馬を用意しろ、先々までだ」

「御意!」

「いくつか勅命をだす、紙とペンの用意を」

「御意!!」

「それとここに人を残していく、余の名代、勅使だと思え」

「御意――え?」

特急に対しての超特急。

総督まで登りつめたイエローには、詳細は分からずとも事態の緊急さは分かった。

それで俺の命令に都度応じて、手の平に何かを書き込む仕草で覚えていたが、最後の言葉に固まってしまった。

「残していく……? 陛下はどちらへ?」

「その超特急便を使って、余は帝都に戻る」

「そんな!!」

驚愕するイエロー。

それもそのはず。

超特急便というのは、「人馬ともに命の保証はしない」、そういうものなのだ。