作品タイトル不明
魔族の執着 sideオン
この男が欲しい。
あたしは、強くそう思った。
魔族にとって、強い願いは諸刃の剣だ。生きる糧になる一方で、叶えられなければ身を滅ぼすか、無気力になり他者に滅ぼされるか。
だが、それでもいいと本能が叫ぶ。
虚弱な肉体。魔力も微々たるもの。だが、その発想力と周囲の力を引き出して巻き込む力は、絶品だ。
魔族の尻拭いで、ここの隣の国にワイバーンを始末しに来た。そのとき、こちらの世界に興味を持った。
ワイバーンをこちらに送り込んだ兄を、ギッタギタのメッタメタにした。毒を盛られた父の口に解毒の薬をぶっ込んで、「しっかりしろ」と発破をかけた。
そういう後始末をしてから、この国に来たのだ。
なかなか見所のある獣人バスラを訪ねて、「仲間に入れてください」とお願いした。言葉遣いは丁寧な方が相手の懐に入りやすいと、ちゃんと勉強してきた。
国王だの冒険者ギルドだのと、面倒くさい話し合いが始まった。
自分のクランで引き受けていいと言う人もいたが、そういう人の多くは実力があたしの要求水準に達していない。共に高みを目指すならいいが、あたしにおんぶに抱っこを求められても、うざったい。
あたしがイライラしているのに気付いたのか、バスラが自分のクランで引き取ると言ってくれた。
こちらに文化はあらゆる物が繊細にできている。皿はすぐに欠けるし、ナイフもフォークもすぐに曲がる。だが、その分、料理が美味しい。味だけでなく見た目も美しい。そして、手間暇をかける。食べて、すぐ消えてしまうというのに。ああ、狂っている。狂気の沙汰だ。
準備に要する時間と、ほんの束の間の感動。まったく釣り合っていない。
それを味わい尽くすためには、力加減を身につけるしかあるまい。あたしは頑張った。ぷるぷる指先が震える。力を込めずに、触るだけ。何度も練習をした。食事ではない時間にも、皿とフォークを借りて練習した。フォークは曲げても元に戻せばいいと気付いたのは、大きな収穫だ。
そうやって楽しく暮らしていたけれど、肝心の冒険者らしいことはできなかった。あたしは力が強すぎるし、どうやら本能的に恐怖を感じるらしい。
バスラも時々青ざめている。他のAランク以下は、気絶しなければ上等だ。魔族でも弱い者は、あたしに口もきけないのだから。
そうして、無為に数年過ごすことになってしまった。
トーマが来て事態が動いた。
あたしは名前を決めた。「名」は縛るものだから、のらりくらりと名無しで過ごしてきたのだけれど。
呪術的な文字で言えば、「隠」で本質を隠し、「温」で優しさや温かさを演出する。少し崩して「鬼」という意味も込め、自分の本質を否定しているわけではないと楔を打つ。
名前を名乗り、人から呼ばれるたびに、あたしの存在がこちらの世界に馴染んでいく。魔族や強大な力に対する恐怖が麻痺していくだけだから、お互いのためになると思う。
トーマがいれば、失敗しても次の案が出てくる。あたしのために、たくさんの人が考えて、手を貸してくれる。職人たちが、あたしの力をこの国でも使えるように工夫してくれるという。
あたしがこの国に来たのは、こういうことを体験したかったからだ。
生まれつきの腕力や魔力が絶対で、上か下かしかない関係。対等に協力することはなく、命じて従わせるだけ。
そうじゃない、生ぬるい世界がここにある。「圧倒的な力」で支配されない仕組み。力なき者は保護されて、魅力的な物を作る。
そんなこと、考えたこともなかった。
あたしが可愛い子ぶっているのを、バスラとアーデンは気付いている。
Sランクの人間が鋭いのか、ワイバーン討伐で本性を垣間見せてしまったせいか。彼らには、名前を使った呪術の効果が薄いようだ。いつまでも本能的な恐怖と戦わないといけないのは気の毒に思う。
だが、そのせいで、あたしの邪魔はしないだろう。
――邪魔? あたしは何がしたいのか。どこに向かおうとしているのか、自分でもわからない。
おかしい。このあたしが他人に左右されている? トーマの反応次第で、目的地が変わるとでも言うのか?
面白い。長寿のあたしが、久しぶりに「初めて」という感覚を味わっている。
いい。すごくいい。
自分でコントロールしきれない状況、すごくいいぞ。
ああ、明日も楽しみだ。