作品タイトル不明
現在地
商業ギルドの「夜這いウサギ」の話は、あっさりケリが付いた。
一時的に妙な流行があっただけで、本来は家庭的アピールのための存在なのだ。
よく聞けば、他の動物のぬいぐるみもあるという。
おかしな噂が出る前にそちらも準備しておけばいい、と。
「すべてが一度ひっくり返るくらいの大ごとかと思いきや、そうでもなかったんですね」
迎賓館の食堂で昼食を取りながら、商業ギルドの人たちから話を聞いているところだ。
ちなみに、フォンとオルドは魔塔から戻ってきていない。
「さすが国の官僚というか……動じたのは一瞬で、すぐに過去の例を出して、対策できると言われたよ」
商隊長のロイは、ホッとして顔色が戻っている。今朝は悲壮な顔をしていたもんな。
「後で他の人からバラされたら困るけど、事前に知っていれば大丈夫だって」
旅の間は荷物係をしていた女性が、肉にソースを絡めて口に入れた。
今朝は食欲なさそうだったけど、今はパクパクと食べている。
「夜這い云々の言いがかりをつけられたら、『それは一過性の流行で、文化的背景は……』って、高尚な話に持っていくらしい。
逆に、『性風俗をよくご存じですね』と相手の品位を落とすこともできると、楽しそうに話していましたよ」
会計担当のセディは、領地ではそれなりに貴族とやりとりをしていると言っていた。だが、王城の貴族はまたひと味違うらしい。
厳格というか、国政的な規則まで意識している反面、視野が広くて「それくらい大したことない」と問題を解決していく。
そんな、商業ギルドの人たちの感想や意見交換を聞きながら、楽しそうだなと思う。
商売が好きで、それを売って買った人が幸せになる。
商品を見抜く目を磨き、流行を察知して、経済を回していく。
――そんな情熱と誇りがあった。
俺は午前中は会議に呼ばれなかったから、迎賓館の資料室で本を読んでいた。
外国からの客に向けて、自国を知ってもらうような資料が多かった。
知らない土地や文化、想像できない食べ物など……それはもう、たくさん。
たいていの平民は、自分の生まれた領地から出ることはない。
俺は、レスタール王国の王都にも、カルディーネ領の領都にも行ったことはなかった。
それなのに隣国のファルガン共和国の王都に来て、王城にいる。
ふと我に返り、考えた。
どうしてこうなった?
俺はどこに向かっているのだろう?
「トーマはぽけーっとしているな。どうかしたのかい?」
エリオットに話しかけられて、驚いた。
「え、いつの間にいらっしゃったんです? 午後に会議があるんですか?」
食堂の入り口は開いた状態だし、考え事をしていて気がつかなかった。
サァラがいたら、冒険者失格と言われてしまう。
「諸々の進捗状況を確認しないと、何がどう転ぶか油断できないからね。
魔塔組の二人は、昨日はいつ頃戻ってきた?」
「夕食の直前ですね」
「それなら、今日はその時間までいようかな」
エリオットの言葉を聞いて、侍従が迎賓館の使用人に希望を伝えに行った。
「そうそう。トーマにはこれを渡さないと」
手渡された紙には、ルナとサァラの言葉が書いてあった。
「筋肉が落ちやすいんだから、筋トレは欠かさずに!」
「王都の美味しい物を調べておくから、期待しててねん」
「あは。なんだ、これ」
目元が熱くなる。
横からエリオットの視線を感じ、平静を保たなければと思った。
――こんなところ、見ないでくれ。