作品タイトル不明
127 思っていたより強敵です
そこは墓場だった。
死者の名前と生きた年代を刻んだ石版が幾つも並ぶ、厳かな場所。
これが昼間なら神聖な雰囲気なのだろう。
だが、闇夜に包まれている今は、不気味さしか感じない。
「行くわよ、ローラちゃん」
「はい! ハクは私の頭から離れちゃ駄目ですよ」
「ぴー!」
ローラと大賢者は墓地に侵入する。そのすぐ後ろを、シャーロットとアンナが緊張感を漂わせて付いてくる。
そして墓地の中央。
シンボルのように生えた大きな木の下に、それはいた。
ボロ布をまとった、細い影。
しゃがみ込んで、何かを抱きかかえ、グチャリグチャリと嫌な音を立てている。
そいつはローラたちに気がついて、こちらを振り返った。
骸骨のように肉がない。
ただ表面に干からびた皮膚が張り付いているだけ。
眼球はなく、しかし、ぽっかりと空いた二つの穴から、赤い光が怪しく漏れている。
そして開いた口からは鋭い牙が覗く。
血まみれ(、、、、) の牙だ。
ならば、こいつが抱いていたものは。
ああ、見るまでもない。
見たくもない。
人だ。人の死体だ。
暗くてハッキリとは見えないが、シルエットだけで分かる。
小柄な人が、ぐったりと地面に横たわっている。
さっき聞こえてきた女性の悲鳴の主――。
ローラたちは間に合わなかった。
彼女は、死んでいる。
首と胴体が分かれているのだから。
そこに議論の余地すらない。
「ゆ、許しませんわ!」
「化物、成敗……!」
シャーロットとアンナは臨戦態勢をとる。
が、駄目だ。
「ごめんなさい、あなたたちを連れてきたのは私のミスね」
大賢者はそう言って、風の魔法で二人を遠くに吹き飛ばしてしまった。
抗議の叫びが聞こえてきたが、仕方がない。大賢者がやらねばローラがそうしていた。
理屈では上手く説明できないが、 こいつはヤバイのだ(、、、、、、、、、) 。
「ローラちゃん、危険を感じたら、あなたも逃げなさい。なにせ相手は『私ですら知らない存在』なんだから」
人間ではない。
モンスターでもない。
まして神獣でもない。
そもそも生き物なのかも定かではない。
死の匂いがする。
動いているくせに、死んでいるように見えるのだ。
もともと死んでいる者を、倒す手段なんてあるのだろうか。
「来るわよ!」
大賢者は叫ぶ。
その怪物は細い体をしならせ、驚くほどの加速で跳躍。
一直線にローラへ向かってきた。
しかし、ただ速いというだけなら珍しくもない。
ローラは考えるよりも先に剣を抜き、すれ違いざまに怪物の胴体に刃を滑り込ませる。
すると意外にもあっけなく、剣は敵の胴体を両断してしまう。
そんな馬鹿な、とローラは逆にたじろいだ。
こいつはこんな容易い相手ではないと、勘で分かる。
ゆえにローラは〝両断〟という結果に納得がいかず緊張を強める。
だが、怪物はそのまま上下二つに分かれ、更に地面に転がった衝撃でバラバラになり、粉々になり――その粉が空に舞い上がって、空中で再生を始めた。
しかも、たんに元の形に戻っただけでなく、その背中にはコウモリのような翼があり、三日月を背にして飛んでいるではないか。
物語の世界にしか存在しないはずの都市伝説。
人の生き血をすする不死の怪物。
その名を、
「吸血鬼」
大賢者が口にする。
ただの噂ではなく、幻でもなく、今、目の前にいる。
「ハク、攻撃してください!」
「ピィィィィィィィィッ!」
ローラは頭上のハクに強化魔法をかける。
そしてハクの口から、眩い光線が吸血鬼めがけて発射された。
ハクの真なる力。名付けてシン・ハクゲキ砲。
無人島の決戦にてダイケンジャーの装甲すら貫いたほどの熱量だ。
剣の一振りで砕けるような耐久力では、破片すら残さず燃え尽きるはず。
案の定、シン・ハクゲキ砲が直撃した部分は一瞬にして消滅。そこから炎が広がり、吸血鬼の枯れ木のような体は、あっという間に燃え尽きる。
火の粉が地面に落ちていく。
しかし、飛び散った火の粉が集合し、人の形になったところで鎮火。そこには吸血鬼が元の姿で立っていた。
「そ、そんな、焼き尽くしても駄目だなんて……!」
「じゃあ、逆に氷はどうかしら?」
今度は大賢者の攻撃だ。
彼女の足下から放射状に氷が広がっていく。
ローラは慌てて自分とハクを球状の防御結界で包んだ。
氷は容赦なく、水面に波紋が広がるよりも速く、墓地を凍結させていく。
木も花も石版も、そして吸血鬼も。
氷に覆われ、静止していく。
まるで時間が止まってしまったかのように、しんと静まりかえった。
風が吹いても揺れ動くものすらない。
ただ月明かりを反射してキラキラ光るだけだ。
「これで捕らえたかしら?」
「学長先生凄いです! 破壊しても再生されるなら、形はそのままに動きを止めちゃえばよかったんですね! 参考になります!」
「ぴー」
「まあ、再生力が凄い敵と戦うのは初めてじゃないし……それにしても、吸血鬼って実在したのねぇ……」
大賢者はカチンコチンに固まった吸血鬼に視線を向ける。
こうしてじっくり見ると、噂に聞いていた姿とは随分と違う。
物語の中の吸血鬼は、どれも容姿端麗だった。
しかしこれは、どちらかというとミイラに近い。
だが、冗談じみた再生力に、人の血をすするという行為から考えて、王都を騒がせていた犯人に間違いない。
乾燥した皮膚からは黒い髪が伸びている。
ボロ布の下にあるわずかな膨らみを見る限り、この吸血鬼は女性のようだ。
「あ、そうだ。さっき襲われていた人は……」
「ローラちゃん。あの人は私たちが来た時点で死んでいた。可愛そうだけど、どうすることもできないわ。埋葬も私たちの仕事じゃないし」
「はい……でも、せめてお祈りくらいは……」
「……そうね」
どうすることもできなかったという大賢者の言葉は正しいだろう。
しかし、それでも。
何とかして助けられなかったものかと考えてしまう。
いや、こんなことを考え出したらキリがない。
それこそ、この世界で死にゆく人の全てを助けたいと言っているのと似たようなものだ。
どこかで割り切るしかない。
「あれ? この木の下でしたよね……?」
女性の死体は、墓地の中央に生える木の下にあった。
墓地全体が氷に覆われている今、死体は氷の中に閉じ込められているはず。
なのに、ない。
もしかして、死んでいたというのはこちらの勘違いで、ローラたちが戦っている最中に逃げ出したのだろうか。
いや、ありえない。
暗くて人相までは見えなかったが、首と胴体が離れていたのだ。
その状態から動き出すなど、それこそ吸血鬼くらいしか――。
訳が分からずローラと大賢者が立ちすくんでいると。
背後から、音がした。