作品タイトル不明
126 正体不明の敵に挑みます
エミリアがニーナを連れて詰所に向かった次の日。
彼女は病院の前で倒れているところを、朝、起きてきた医者に発見された。
生きてはいる。
しかし目を覚まさない。
その首筋には、鋭い牙で噛まれたような傷が二つあり、そして血がかなり減っていた。
なのに、当然あるべき血だまりが、現場になかった。
まるで誰かが飲んでしまったように、エミリアの血は消えていた。
エミリアが入院したと聞いたローラ、シャーロット、アンナ、ミサキ、大賢者は、すぐに駆けつけた。
そしてベッドに横たわるエミリアと対面する。
その肌は死人のように白かった。
「エ、エミリア先生! そんな、どうして……目を開けてください!」
ローラはエミリアの布団にしがみついて叫んだ。
しかし、目を開けてくれない。
病院でうるさくしちゃ駄目でしょ、といつものように叱って欲しかったのに――。
と、そこにお医者さんが現われ、エミリアの状態を説明してくれた。
「大量の血を失って、昏睡状態でした。しかし輸血をしたので、危機的状況は脱しています」
それなりに大きな病院なら、魔法で冷やした冷蔵庫があり、そこに輸血パックがあるのだ。
血がなくなると人は死んでしまうことを発見した研究者と、血液を冷蔵して保存しておく方法を考えた魔法使いのおかげで、沢山の人が助かっている。
「で、でもエミリア先生は眠ったままですよ!?」
「そうすぐは目覚めませんよ。それにエミリアさんは以前から、肩こりが酷いとか、朝起きたときダルいと言って通院していたので……かなり疲れがたまっていたのでしょう。いい機会なので、休ませてあげたらいかがですか?」
お医者さんがそう言った瞬間、大賢者はローラとシャーロットとアンナに視線を向けた。
「わたくしたちのせいですの……?」
「でも他に考えられないし……ふぇぇ……」
「わ、私は戦士学科だから違うと思う……」
それぞれ呟いてから、三人は眠っているエミリアを見つめ、ごめんなさいと頭を下げる。
「まあ、別に三人だけのせいってわけじゃないけど。エミリアは真面目な性格だから、必要以上に働いちゃうのよね。そういうことなら、休ませてあげましょ」
というわけで、エミリアには病院で安静にしていてもらう。
しかし、それはそれとして。
首筋にある傷をつけたのは誰か。
そして、抜かれた血がどこにいったのか。
この二つを探る必要がある。
エミリアが目覚めないのは、過労ではなく、それらが原因ということもあり得るのだから。
「ねえ、先生。エミリアの血って、一滴も残っていなかったの?」
大賢者は医者に尋ねる。
「いえ、そりゃ傷口の周りや衣服には付着していましたが……」
「その血液サンプル、ちょっとでいいからちょうだい。私が調べるわ」
「……分かりました。あなたは大賢者ですからね。私たちが顕微鏡を覗いても分からないことが分かるのでしょう」
勝手に患者の血液サンプルを他人に渡すのは、問題があるような気がする。
しかし、大賢者というブランドが持つ信用は、並大抵ではなかった。
「血液ということは、やはり吸血鬼の仕業でありますか?」
「分からないわ。私ですら、本物の吸血鬼なんて見たことないもの。今の今まで、実在しているとさえ思っていなかったし。けど、Aランク冒険者であるエミリアをこんな目にあわせるなんて、ただ者じゃない――」
確かにそうだ。
Aランクといえば、ドラゴンを一人で倒せるという領域。
それはシャーロットですらまだ無理だろう。
シャーロットはかつて校内トーナメントの決勝戦でローラと互角の攻防をしたが、あれは一時的なもの。不自然な力。素の力はまだBランクだ。
「あれ? ところでニーナちゃんはどうなったんですか!? エミリア先生と一緒に入院してるんじゃないんですか!?」
「ニーナ? はて、それは誰のことですか?」
医者は首をかしげる。
ローラたちは、ラン亭の前で出会ったニーナという少女のことを話す。
エミリアはそのニーナを詰所に連れて行くために学園を出て、そして今に到るのだ。
ニーナを連れて行く途中で襲われたなら、ニーナも一緒に被害にあっていないとおかしい。
それとも、詰所からの帰り道だったのだろうか。
「病院の前に倒れていたのはエミリアさんだけです。小さな女の子などいませんでした」
医者はそう断言した。
では、ニーナはどこへ行ってしまったのだろう。
「エミリアがそのニーナって子を送り届けたかどうかは、調べたらすぐに分かることだわ。あとで詰所に寄ってみましょう。それにしても……エミリアを襲った奴、いい度胸しているわね。私の教え子かつ部下に手を出すなんて、自殺志願者としか思えないわ」
大賢者の目がスッと細くなる。
その口調は静かだが、激しい怒りが込められていた。
「全くです! 吸血鬼だろうと何者だろうと、見つけ出してコテンパンにしてやりましょう!」
ローラもまた、自分の担任が襲われて平静ではいられない。
ここで怒らなければ、それは人でなしだ。
「そうね。あなたたち、寮で大人しくしていろと言っても、どうせ今夜から吸血鬼探しをするんでしょう? だったら一緒に行きましょう。ただし、ミサキだけは駄目よ」
「分かっているであります……正直、ついて行けないレベルでありますから……」
獣人であるミサキは、普通の人間に比べたら身体能力に優れている。
ローラたちと一緒に遊べるほどだ。
しかし、あくまで遊び。
戦闘となると、普段の授業ですら付いてこられないだろう。
「ミサキさんの分まで私たちが頑張ります。だからミサキさんはオムレツを作って私たちのエネルギー補給に協力してください!」
「わ、分かったであります! こっそり、普通よりも卵を多く使っちゃうであります!」
特製オムレツを食べれば、吸血鬼にも負けないはずだ。
方針が固まったところで、ローラたちは詰所に行く。
しかし、ニーナという少女を預かった記録はなかった。
王都には詰所がいくつもあるが、伝書鳩を使ったネットワークで、高度に情報を共有している。
昨日の情報なら、既に伝わっているはずだ。
そもそも、ここは学園から一番近い詰所。
エミリアが来たとすれば、ここなのだ。
しかし衛兵たちは、エミリアは来なかったと言っている。
つまり、エミリアはニーナを連れていく途中で襲われたのだ。
だったら、やはりニーナも一緒に襲われたはず。
なのに、見つかったのはエミリアだけ。
不思議だ。
一体、どういうことなのだろう?
首をかしげながら、ローラたちは詰所から学園に帰る。
そして病院からもらってきたエミリアの血液を、大賢者が分析する。
もっともこれは、ローラたちには手伝えない。
頼れる大賢者にお任せし、食堂に行ってエネルギー補給だ。
※
そして夜の七時。
校門の前に集合する。
「私は皆の帰りを待っているであります。全員、無事に帰ってくるであります!」
ミサキに見送られ、ローラたちは夜の王都に出陣する。
「それで学長先生。エミリア先生の血液から何か見つかりましたか?」
「何かの薬物を盛られたような形跡はなかったわ。でも、かすかにエミリアのとは違う魔力の波長が残っていた。誰だか知らないけど、きっとそいつが犯人ね」
「おお! じゃあ、その波長を探せばいいんですね!」
「そういうこと。とは言っても、今のところは私の探知にも引っかからないけど……近くに来たら分かるはずよ」
「闇雲に探すよりは百倍マシですわ」
「流石は学長先生」
「ぴー」
まずは、エミリアが倒れていた病院の前に向かう。
しかし手がかりは何もなかった。
そのあともローラたちは、人気の少ない路地などを選んで、犯人を捜し回る。
「学長先生。これじゃラチがあかないので、『吸血鬼よ出ておいで、私たちの血は美味しいよ』と歌いながら歩いたほうがいいんじゃないでしょうか?」
「近所迷惑だし、吸血鬼も不気味に思って隠れちゃうんじゃないかしら?」
「むむむ、そうでしょうか」
ローラは、オムレツが「美味しいよ」と歌っていたら、喜んでかぶりつく……いや、やっぱり不気味に思うかもしれない。
歌う作戦は駄目だ。
「それにしても、早く見つけないと、夜が明けてしまいますわ。明日からまた授業。夜更かしして寝坊したら、またエミリア先生に……」
シャーロットはそう言いかけ、ハッとした顔になり押し黙る。
そうだ。
叱ってくれるエミリアは今、昏睡状態なのだ。
エミリアは、夏休みの宿題が終わるまで、ずっと夜遅くまで付き合ってくれた。
休日にトラブルを持ち込んでも、ちゃんと面倒を見てくれた。
そんなエミリアを襲った奴が、王都にいるのだ。
徹夜をしてでも見つけなければならない。
と、ローラが決意を新たにしたとき。
遠くから、女性の悲鳴が聞こえてきた。
「あっちです!」
声がした方向へ走る。
その最中、大賢者が静かに呟いた。
「間違いないわ。エミリアの血液に残っていた魔力波長を、この先から感じる」
つまりは犯人。
仮に違ったとしても、この事件について何か知っているはずだ。
多少、手荒なことをしてでも捕まえて尋問する。
「皆、気をつけて。その角を曲がった先よ」
大賢者に言われるまでもなく、もうローラにも分かっていた。
得体の知れない魔力を感じるのだ。
人間ともモンスターとも神獣とも違う、もっと別の存在。
「まず、私とローラちゃんが行くわ。シャーロットちゃんとアンナちゃんはバックアップ」
「了解ですわ!」
「援護は任せて」
シャーロットとアンナは大賢者の言葉に素直に頷く。
しかし、バックアップと言えば聞こえはいいが、実際は邪魔だから後ろに下がっていろということだろう。
今更であるが、ミサキだけでなく、この二人も置いてくるべきだったのかもしれない。
エミリアを倒した奴が相手でも、自分がいれば安全だと大賢者は考えていたのだろう。ローラだって、これほど深刻だとは思っていなかった。
だが、こうして接近して、それが甘かったと思い知らされる。
魔力の総量そのものは問題ではない。
問題なのは 質(、) だ。異 質(、) すぎるということ。
ゆえに敵が何をしてくるか分からない。
ローラと大賢者は緊張を浮かべながら、角を曲がる。