軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

元首と歴史

「勘違いも甚だしいのう」

辛辣な声が上がり、元首の一人が立ち上がった。

皮膚が赤く、異様に鼻の長い男だ。

「ミリティアが泡沫世界である以上、貴様ら魔王学院は聖上六学院に相応しくないのじゃよ。浅きは奪われ、深きが君臨する。それがこの銀水聖海の秩序じゃからのう。理を逸脱しようとする貴様らは、それゆえパブロヘタラにどのような影響を与えるか皆目見当がつかん」

顎に手をやりながらも、男は言う。

「確かに魔王学院には多少の力があろうのう。イーヴェゼイノを序列戦で下したならば、聖上六学院にも劣るまい。じゃが、主神のいない銀泡は長くもたぬのが世の常よ。あるいは、滅びかけの小世界がもたらす最後の煌めきだとすれば、それだけの力も納得がいくというものじゃて」

「ふむ。お前の名は?」

「序列一一位。瘴気世界ヒンズボル元首、 天狗大帝(てんぐたいてい) ガオウじゃ」

老獪さを滲ませながら、ガオウはそう名乗りを上げる。

「これだけは理解しておくことじゃ、泡沫世界の元首よ。どれだけ強く、いかに聡明であろうとも、浅薄な覇者などこの海では認められん」

「ガオウ殿の言う通りですね」

声とともに、目つきの鋭い女が立ち上がる。

紺碧(こんぺき) の髪は長く、耳は魚のひれのようであり、頭には貝の髪飾りをつけている。

周囲には水の玉が浮かんでいた。

「 水算女帝(すいさんじょてい) リアナプリナの名のもと、 水算世界(すいざんせかい) サイライナも魔王学院の昇格に反対を表明します」

「右に同じ」

「我が世界も、不適合者など認められん」

堰を切ったかのように、次々と各小世界の元首たちが立ち上がる。

合計一六九名だ。

「ルールを決めろ……と言うたがのう、ミリティアの元首よ。残念じゃが、どんな勝負で勝ったところで、我々は決して今の魔王学院を認めはせん。百回勝とうが、千回勝とうが、聖上六学院全てを倒そうが同じことじゃて。奇跡の象徴たる主神を目覚めさせてから、出直すことじゃ」

天狗大帝ガオウが言う。

他の元首らもそれに同意するように俺を睨んでいる。

「相手が俺一人でもか?」

「なに?」

「配下に手出しはさせぬ。反対者全員でかかってこい。お前たちが勝ったならば、今後聖上六学院には入らぬことを誓おう」

一瞬の間の後、警戒するようにガオウは視線を鋭くした。

「……残念じゃが、その手には乗れんのう……貴様の実力は百も承知じゃ、侮るような真似は――」

「右手は使わないでおいてやる」

「……。……なんじゃと?」

「不服か? ならば、両手でどうだ?」

ガオウは唇を引き結ぶ。

だが、すぐには乗ってこない。

思いのほか慎重なことだ。

「どうした? 両手が使えぬ上に、ルールはそちら次第だ」

「よう言うたもんじゃがのう。腕相撲で勝負をすると言えばどうする?」

「やってみるか? 両手の使えぬ俺と、腕相撲を」

思案するように、ガオウが黙りこくる。

もう一押しといったところか?

「ガオウ殿」

口を挟んだのは、水算女帝リアナプリナだ。

彼女の周囲にあった水の玉が集まり、 算盤(そろばん) ができている。

リアナプリナはそれを指先で弾き、嫋やかに言った。

「彼の手に乗るのは得策ではありません。両手の使えない元首アノスと腕相撲をしても、勝機は九分九厘変化しません。わたくしたちの勝率は零です」

なかなかよい 魔眼(め) をしている。

いや、魔眼というよりも、あの水の算盤か。

精霊魔法だ。ゆえに原理は定かではないが、両手が使えずとも腕相撲では俺が勝つという答えを弾き出したのだろう。

「フム。水算女帝の計算に従おうかのう」

ガオウが言う。

彼女の計算には、それだけ信頼があるのだろう。

「貴様は、聖道三学院の洗礼を軽く突破した男じゃ。あの二律僭主と渡り合ったという噂もある。ならば、不可侵領海級の敵と見なすべきじゃて」

ガオウがそう口にすると、続いてリアナプリナが言った。

「元首アノス。あなたは強い。けれども、勝負をしないわたくしたちに勝つことはできません。聖上六学院に入りたいのなら、好きにすればいいでしょう」

「誰も認めはせんがのう」

奴らの判断は間違ってはいない。

強大な敵を相手にしようと、勝負の土俵に上がらなければ負けはせぬ。

だが、今の奴らには見えていないものがある。

「拍子抜けだな。学院同盟の元首たちが、雁首そろえて俺一人に勝つ方法が思いつかぬか?」

口を閉ざす元首たちを、俺はぐるりと見回す。

「そんな安い挑発に乗ると思うかの?」

「挑発? そう思うか?」

ガオウは眉一つ動かさない。

リアナプリナも平然とした表情で、水の算盤を弾いている。

「お前たちパブロヘタラの連中は、主神が不可欠な存在のように語っているが、本当にそうか? 少なくとも我がミリティア世界は、そんなものがなくとも不自由なく回っているぞ」

「それが愚者の考えというのを、歴史が証明しているのじゃ。これまで、このパブロヘタラの学院同盟において、どんな小世界も、主神なしには存続させることができなかったからのう。ミリティア世界も、いずれは破綻し、海の藻屑と化すじゃろうて」

「歴史とは、作るものだ」

元首たちの鋭い視線が、俺に突き刺さった。

「不遜にもほどがあるのう、ミリティアの元首よ。我らパブロヘタラの歴史を、数多の滅亡の末に、辿り着いた学びを侮るというのか?」

「歴史を口にするのならば、知っていよう。新たな真実を見つけるのは、決まって一握りの開拓者だ」

ガオウとリアナプリナだけではなく、この場の元首たち全員に俺は告げる。

「どれだけ悠久のときが流れ、いかに多くの小世界が滅亡したか知らぬ。だが、パブロヘタラの歴史に、これまで俺はいなかった。それが答えだ」

「……傲慢極まりないのう……」

声は抑えているが、その言葉には怒りが滲んでいる。

「数多の世界より集めた叡智が、貴様一人の浅知恵に劣るというかっ? そんな愚かな言葉を、誰が信じるというのじゃ?」

「ならば、ここにいる一六九人の元首で、叡智を結集させ、俺に知恵比べを挑めばよい」

反論しようとした天狗大帝ガオウは押し黙り、表情を険しくする

「お前たちはルールを自由に決められる。これだけの人数、これだけの知恵と力を合わせ、なお俺一人に挑む気にもなれぬというなら、そんな有象無象の納得など必要がないのではないか?」

反対派の元首たちは、皆、苦渋の表情を浮かべる。

そこへ追い打ちをかけた。

「勘違してくれるな、小世界の元首どもよ。俺はお前たちに、チャンスをくれてやったのだ。返す言葉が歴史以外にないというなら、己の世界に引きこもり、掘り起こした化石にでも話しかけているがよい」

ミリティア世界が聖上六学院入りするのは、そもそもパブロヘタラの決定だ。

他の学院の納得もあるに越したことはないが、議論を交わすに値しない相手なら話は異なる。

それを俺は奴らへ真っ向から突きつけたのだ。

「元首として、これからの歴史を作る者だというのなら、ここで相応の知恵を示せ」

「…………その手には乗らんと――」

「いいでしょう」

ばっとガオウが振り向く。

承諾したのは、水算女帝リアナプリナである。

「わたくしたちが世界の未来を見ていないと思われるのは不快です」

「……リアナプリナ女王……万が一、負ければ、奴を認めたということになってしまうのじゃぞ。実利より、誇りをとるような判断は思いとどまるがよかろうて」

「そちらがよくお考えになることですね。彼は挑まなければ、わたくしたちの反対など無視し、聖上六学院に入ると言っているのですよ」

「認めたことにはならん」

リアナプリナはため息をつく。

「お話になりませんね。あなたこそ、実利より嫌がらせをとるような小さなことはおやめなさい」

「ぬ……なんじゃとっ、貴様。昔ならいざしらず、今は序列一三位の分際じゃろうが……」

「それがしも、リアナプリナ女王に賛成だ」

「なにぃ……」

忌々しそうに声の方角に視線を向ければ、そこにいたのは聖道三学院――聖句世界の大僧正ベルマスであった。

「いかに反対の立場とはいえ、泡沫世界である限りは決して認めない、というのはパブロヘタラの格式にも関わるであろう」

「……う、ぬ……しかし……」

「なにか?」

「……聖句世界の元首が、そう言うのであれば……義理を果たさねばなるまいのう……」

聖句世界アズラベンの方が序列が上だからか、ガオウはそう言って引き下がった。

「他に文句のある者はいるか?」

そう問うも、言葉を返す者はいない。

全員が完全に同意しているとも思えぬが、発言して矢面に立ちたくもないのだろう。

この中では序列が一番上の聖句世界がやると言っているのだからな。

最悪、責任を押しつけてしまおうという腹でも不思議はない。

「では、勝負のルールを決めるがよい」

「リアナプリナ女王」

大僧正ベルマスが言う。

「そなたの考えは?」

「お望み通り、知恵を、そして侮られたわたくしたちの力を戦わせましょう。パブロヘタラの古い伝統に則り、なおかつ彼が得意とする滅びの魔法が使えない形式、つまり――」

リアナプリナが自身ありげに、水の算盤を弾く。

「銀水将棋で」