軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

銀水将棋

オットルルーが片手を伸ばし、深層講堂に備えられた転移の固定魔法陣へ魔力を送る。

「銀水将棋は< 絡繰淵盤(からくりえんばん) >上でしか行うことができません。宮殿の最深部へ移動しますが、よろしいですか?」

「構わぬ」

「それでは転移します」

転移の固定魔法陣が起動し、目の前が真っ白に染まる。

次の瞬間、俺の視界に映ったのは氷の床だった。

それは、どこまでも延々と続いて見える。

周囲はまるで黒窮のように暗い。足下からの仄かな光がぼんやりと俺たちを照らすばかりだ。

「……なにこれ? 普通の氷じゃないわよね……?」

サーシャがしゃがみ込み、不思議そうに氷に手を触れる。

ミーシャはじーっと 神眼(め) を凝らし、氷の床の深淵を覗いた。

「……銀水?」

「はい。凍ることがないといわれる銀水ですが、<絡繰淵盤>はそれを凍らせて創っています」

オットルルーはそう言い、足下に大きな魔法陣を描く。

現れた鍵穴へ、彼女は巨大なネジ巻きを差し込み、ぎぃ、ぎぃ、ぎぃ、と三度回した。

「< 絡繰淵盤銀水将棋(ラジナ・ネド・エスラ) >」

氷の床――<絡繰淵盤>が輝き始め、その表面に広い大空が映し出された。

途端に暗闇に空が現れ、大きく広がっていく。

瞬く間に氷の床は大地へと変わった。

木々が立ち並び、現れた草原が風にそよぐ。

地平線は遠くどこまでも続いており、俺の魔眼で見ても果てがない。

そこかしこにあるのは廃墟だ。

荒れ果て、ボロボロになった都の風景が地平線の彼方まで続いている。

「……元首の子たちはどこだろうか?」

アルカナが問う。

ここにいるのは魔王学院の生徒のみで、他の元首たちの姿はない。

「彼らは北側の陣営へ転移しました。銀水将棋は創造魔法を使い、駒を生産し、それを奪い合う模擬戦争です。勝利条件は敵軍の王の校章を奪うことです」

オットルルーが俺の胸につけられたパブロヘタラの校章を指す。

「ふむ。盤上遊戯かと思ったが、自分が駒になるのか?」

「術者と創造される駒はいずれも兵であり、持てる力すべてを駆使して勝利を目指します。駒への直接攻撃も可能。ルール違反は存在しません」

俺を直接戦闘には参加させないつもりかと思ったが、違うようだな。

ルールで縛るわけでもない。

それでもなお、勝算があるというわけか。

面白い。

「あちらの王は、元首リアナプリナに決まったようです」

水算世界サイライナの水算女帝だったか。

序列は聖句世界の方が上だが、銀水将棋をやると言い出したのは彼女だからな。

『元首アノス』

リアナプリナから< 思念通信(リークス) >が届く。

『銀水将棋の仕組みをオットルルーに確認してください。駒を創るのには創造魔法の術式を覚える必要もあります。準備は一時間で足りますか?』

「不要だ。やりながら覚えた方が早い」

『……それは、わたくしたちを侮っているのですか?』

俺の言葉がかんに障ったか、険のある声が返ってきた。

「違うな」

『では、どういう――』

「お前たちが俺を侮っているのだ」

一瞬の間の後、リアナプリナは鋭く言った。

『けっこう! では、教えて差し上げましょう。あなたが甘く見たわたくしたちの歴史と主神、そして世界の重さを』

< 思念通信(リークス) >が切断される。

「始めてよいそうだ。手間をかけるが、適宜解説を頼む」

「承知しました」

オットルルーが頭上を見上げる。

すると、銀海クジラが二匹、大空を飛んできた。

一匹は背にレブラハルドやナーガら聖上六学院の元首を乗せている。

もう一匹は、魔王学院の生徒たちの近くまで下降してきた。

「魔王学院の方々はあちらで観戦願います」

オットルルーが言うと、生徒たちは< 飛行(フレス) >で飛び上がり、次々と銀海クジラの背に乗っていく。

その途中で振り返り、サーシャが言った。

「アノス。わかってると思うけど」

「なに、負けはせぬ」

「誰がそんなこと心配してるのよ? わたしたちがクジラの上にいることを考えて戦ってちょうだい」

言葉は返さず、俺は笑みを見せてやった。

嫌な予感がするといった顔で、サーシャは軽く身を引いた。

「……流れ弾に気をつけるわよ……」

こくり、とミーシャがうなずく。

「準備が整いました。只今より、元首アノスと元首リアナプリナ率いる合同学院による銀水将棋を開始します」

オットルルーから合図が出されると、北側の陣営、遠い空に魔法陣が描かれた。

見覚えのある術式――< 創造建築(アイビス) >だ。

すると、その魔法陣に青々とした蛍のような光が集う。

そちらも見覚えがある――

「――火露か」

俺の言葉を受け、上空にいるオットルルーが< 思念通信(リークス) >で解説した。

『< 絡繰淵盤銀水将棋(ラジナ・ネド・エスラ) >の力により、元首の意思でその世界の火露を<絡繰淵盤>上に出現させることができます。そして、その火露が銀水将棋の駒となります』

< 創造建築(アイビス) >が発動すると、火露が輝き、変形していく。

完成したのは、三つの物体。

硝子(がらす) 、 帆(ほ) 、人形である。

その三つの物体がある場所へ、リアナプリナが飛んできた。

「妙な物を創ったな、リアナプリナ。それをどう駒にするのだ?」

そう< 思念通信(リークス) >を飛ばす。

「ですから、準備の時間を与えたというのに」

ため息交じりに彼女は言う。

「ご覧になるといいでしょう」

彼女は指先を伸ばし、硝子と帆と人形を魔法線でつなぐ。

「< 三位一体(ジルクセイド) >」

硝子、帆、人形の輪郭が歪み、三つが交わる。

彼女は歌うように詠唱した。

「硝子の血管、帆の心臓、四肢は人型。三つ交わり、一なりて、深く潜れ、 銀水機兵(ぎんすいきへい) 」

硝子、帆、人形が融合し、淡い光をまき散らす。

その中から現れたのが、帆の翼を持つ硝子人形だ。

神々しい魔力が、全身から発せられていた。

「おわかりになりましたか?」

リアナプリナが言う。

「火露は命の秩序。その量は世界の深さを左右する小世界の根幹。銀水将棋は、小世界そのものを駒にするといっても過言ではありません」

火露を失えば、世界は滅ぶ。

火露の多寡は、小世界全体の魔力の多寡に直結する。

火露を駒にするというのは、確かに世界そのものを駒にしているに等しいだろう。

「あなたがこれから相手にするのは、一六九もの小世界です。ミリティア世界の元首アノス・ヴォルディゴード」

リアナプリナの言葉と同時、上空にいた銀水機兵の姿がブレた。

瞬きをするより早く、遙か彼方にいたその硝子人形が俺の目の前に着地していた。

「< 極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア) >」

魔法陣の砲塔に、七重螺旋の黒き粒子が渦を巻く。

だが――

< 極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア) >の魔力が、霧散していく。

この場に構築された神域のような空間、<絡繰淵盤>の中に吸い込まれていくのだ。

オットルルーの声が響く。

『<絡繰淵盤>上では、駒以外の攻性魔法は吸収されます』

なるほど。これが――滅びの魔法が使えない形式、か。

銀水機兵が、< 極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア) >の砲塔を、硝子の腕で振り払う。

霧散しかけていた魔法陣は、容易く消し飛んだ。

「これが、銀水将棋です」

リアナプリナの声とともに、硝子の右腕が俺の顔面に突き下ろされる。

張り巡らせた< 四界牆壁(ベノ・イエヴン) >を容易く貫き、莫大な魔力の光が、その拳を中心に弾けた。

「その拳の重さは、水算世界サイライナの重さ。世界そのものと殴り合いをすれば、あなたの勝率は――」

硝子が砕け散る音が響き、リアナプリナが算盤を弾く手を止める。

土手っ腹に突き刺さった俺の拳に耐えきれず、銀水機兵が木っ端微塵に弾け飛んだのだ。

宙に舞う硝子の破片が、青々とした火露の光に戻っていく。

「よい一撃だ」

コキコキ、と首を鳴らす。

頬にはじんわりと鈍い痛みが残っている。

世界そのものの重さとは、なかなかどうして的確のようだ。

この銀水将棋ならば、俺の攻性魔法を封じ、奴らは実力以上の力で戦える。

「だが、算盤を弾き違えたのではないか? < 極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア) >を吸収して壊れぬなら、俺の滅びの根源を多少解放しても、この場はそうそう破壊されぬ」

ミーシャが創る三面世界<魔王庭園>と同様、その分だけ力を出せる。

リアナプリナは自分たちが有利な領域に俺を引きずり込んだつもりやもしれぬが、実際には逆だ。

「残り一六八世界」

手のひらを上へ向け、指先で軽く手招きする。

「まとめてかかってくるがよい」