軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

滅びの理

世界を滅ぼす終末の火が、ぽとりと静かにこぼれ落ちる。

その瞬間、俺は右手に魔力を集中し、魔法陣の砲塔を動かす。

夢で見たあの光景が現実ならば、この魔法にはまだ先がある。

「――確か、こうだったか?」

終末の火が空間さえも燃やし尽くし、夢の中、壊滅の暴君アムルがやったのと同じように、黒き灰の魔法陣を描く。

< 極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア) >を触媒とし、滅びの魔力がそこに集い、膨れあがった。

聖道三学院が三元首、リップ、ドネルド、ベルマスはその滅びの魔法へ魔眼を向けながら、愕然とした表情を浮かべた。

「……なに……さ……? あの禍々しい魔法は……!?」

「……わからぬ……! 見たことも、聞いたこともない……。この百識王ドネルド・ヘブニッチをして知らぬ魔法とは……まさか、我が世界より深層の…………!?」

「……う……ぐぐ…………え、ええいっ!!! いかに未知の深層魔法とて、今更ここで引けるものか……!!」

大僧正ベルマスが、俺が構築した魔法陣に手を伸ばし、深淵を覗く。

一から魔法を使うならばともかく、この洗礼のルールでは十分な魔力と技術、素質があればできるはずだ。

「ぬぅぅっ! 潜らねば見えぬものもあるっ……!」

「一か八か、やってみるさっ……!」

続いてドネルドとリップが手を伸ばし、魔法の発動を試みる。

三人が決死の表情で、< 極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア) >の魔法陣を掌握しようと、その深淵へと沈み込み、そして撃ち放とうとした瞬間――

その力が暴走を始めた。

「う、お・お・おぉ……な、んだ……? まるで魔法が思い通りになら――」

百識王ドネルドが異変を察知した直後、導師リップに終末の火が燃え移った。

「……こんな……!? 力が外から流れて……!? ただの魔法陣から、オイラ以上の魔力が勝手に……!? なんなのさこれはっ……!? こんなの、こんなのいったい、どうやって制御すればっ……!?」

「……ぐ、う、これしきでそれがしの……う、うが・ああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁあああああああああああぁぁぁ……!」

ベルマスの右腕が暴走する終末の火によって、ボロボロと崩れ、灰に変わっていく。

「だ、めだ……御しきれぬ……このまま消すしか……なぁっ……!? ば、馬鹿な。火が、消えぬ……!! 魔法の停止が、できぬ、だと……!? これは、ま、まさか……? 止まれ、止まれ止まれ……止まれ、止まれぇぇ、止まってくれええぇぇぇぇぇぇぇ……!!!」

百識王ドネルドの体が、黒き火に包まれた。

「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉっっっ!!!!」

奴は助けを求めるように思念波の魔法線にて、配下から魔力をかき集める。

「う、腕がぁぁっ、右腕がぁ、再生もできんなどとっ……! お、おのれぇぇぇぇっ……!! 消えろぉぉぉっ、消えろおおおおおおおおぉぉぉっっ!!!」

「でええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇいっ!!!」

聖道三学院の三名が、全身全霊にて< 極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア) >の魔法陣を破棄しようと試みる。

暴走する魔力。荒れ狂う終末の火。パブロヘタラの立体魔法陣によって構築された< 異界講堂(ゴゾット) >は灰と化し、みるみる崩壊していく。

そのときだ。

これまで静観していたコーストリアが、静かに左眼を開いた。

ガラス玉の義眼には、俺が描いた洗礼用の魔法陣が映っている。

彼女は指先を伸ばすと、魔力を送り、一度だけ瞬きをした。

薄紅色の唇が開かれ、そっと囁く声が漏れた。

「< 極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア) >」

その言葉とともに、コーストリアは自ら多重魔法陣を描いて、砲塔を形成した。

終末の火がぼぉっと出現する。

そうして、俺がしたのと同じように、黒き灰の魔法陣を描いてみせた。

「ほう。俺が用意した魔法陣ではなく、自力で< 極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア) >を使うとはな」

アーツェノンの滅びの獅子は、俺と同質の魔力、酷似した根源を持つ。

隻腕の男は、兄弟と呼んできたが、あるいは本当にそうだったのかもしれぬな。

しかし、一つ引っかかる。

あの義眼――< 極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア) >を行使する前に、一瞬だけ魔力がこぼれた。

なにかしら、魔法を使ったのだろう。

だが、なんのために?

少なくとも、< 極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア) >を使うためには、必要のない行為だ。

「コーストリア」

「気安く呼ばないで」

構わず、俺は彼女に問うた。

「これの続きを知っているのか?」

答えない。

彼女は瞳を閉じたまま、俺に顔を向けるばかりだ。

一万四千年前の夢で、壊滅の暴君アムルは< 極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア) >を用いた 黒灰(こくはい) の魔法陣にて、二律僭主の放った大魔法を受けとめた。

まだ、その先があったはずだ。

終末の火を放つのではなく、魔法陣とすることで、更なる深淵へと迫る魔法が。

「続きがあるなら、やってみたら? それで答えがわかるでしょ」

挑発するようにコーストリアが言う。

「あいにくど忘れしてしまってな。思い出すのに難儀しているところだ」

黒灰の魔法陣をそれ以上は留めておけず、ゆらりと真下へ落ち始めた。

未完成のため、< 極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア) >としての特性が勝ったのだ。

コーストリアは、迎え撃つように黒灰の魔法陣を頭上へ放つ。

上下からゆっくりと迫った二つの滅びの魔法が、静かに交わる。

直後、黒灰から火が溢れ、その場の一切が炎上した。

水に変わった深層講堂のあらゆるものが燃え、黒き灰へと変わっていく。

「……な……なんなのさ、これ……!? オイラ、いつのまにか< 変幻自在(カエラル) >でもかけられたのかい……!? こんな……こんなこと…………!! こんな馬鹿げたことが、現実にあるわけ…………!?」

「……< 異界講堂(ゴゾット) >が……パブロヘタラが隔離した異界が、滅ぶというのかっ……!? これほどの魔法、これほどの大破壊を行う魔法を、いったいどこで――!?」

「う、う・お・お・おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉっ、く、来るなああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ……!!!」

冷たく、静かな滅びが< 異界講堂(ゴゾット) >のすべて包み込んだ――

ガラスが割れるような音が響く。

< 異界講堂(ゴゾット) >が粉々に砕け散り、俺たちは元いた第二深層講堂に戻ってきた。

「……はぁ……はぁ…………」

「ぬ……うぅ…………」

「が……あが………………」

ふむ。なかなかどうして、さすがは聖道三学院の元首たちといったところか。リップ、ドネルド、ベルマスは満身創痍ながらも魔力と各々の魔法を振り絞り、どうにか< 極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア) >の暴走と余波に耐えきった。

彼らは精根尽き果てたようにその場に膝を折り、がっくりと倒れ込む。

俺はゆるりと自らの席に着地した。

「オットルルー、もう一度< 異界講堂(ゴゾット) >だ。俺とコーストリアにな」

「本授業では実現できません。先の魔法により、< 異界講堂(ゴゾット) >を展開するための立体魔法陣が破壊されました。現在のパブロヘタラでは、再構築に丸一日を要します」

オットルルーがそう答える。

「別にこのままでいいよ」

再び教壇に移動したコーストリアが無感情に言い、日傘を広げた。

傘自体が魔法陣と化し、六本の親骨から伝わった魔力が、それぞれの先端に 黒緑(こくりょく) の魔法弾――すなわち魔弾を作りだす。

「死んだら、死んだで、私には関係ない」

くるくると勢いよく日傘が回転し、六発の魔弾が膨れあがっていく。

「< 災淵黒獄反撥魔弾(レイル・フリーエル) >」

黒緑の魔弾が四方八方へ勢いよく発射された。

「危ないぞっ!」

エレオノールが声を上げ、エンネスオーネと魔法線をつなぐ。

< 根源降誕母胎(エンネスオーネ・エレオノール) >にて魔力を増幅させ、舞い散る無数の羽根にて結界を作った。

「< 聖域羽根結界光(エンネ・イジェリア) >」

飛んできた黒緑の魔弾は、< 聖域羽根結界光(エンネ・イジェリア) >に衝突し、押し潰れて、逆方向に反射した。

「跳ね返ったぞっ……!」

< 災淵黒獄反撥魔弾(レイル・フリーエル) >はぐんと倍以上に加速し、聖句寺院の生徒たちの一角へ突っ込んでいく。

『「守れっ!」』

『「 守(しゅ) ・ 守(しゅ) ・ 魔(ま) ・ 防(ぼう) ―― 断絶(だんぜつ) っ!!」』

集団魔法の聖句で魔法障壁が展開される。

魔弾はその六層の内五層を容易くぶち抜き、最後の六層目に衝突すると、再び倍の速度で反対側に跳ね返った。

同じようにして、放たれた六発の< 災淵黒獄反撥魔弾(レイル・フリーエル) >は、結界や壁に衝突し、それを壊しながらも、反射を繰り返す。結界や魔法障壁に当たり跳ね返るごとに、その威力と速度は倍以上に膨れあがった。

放っておけば、魔弾の威力はみるみる増し、やがて結界をも貫くだろう。

「ふむ」

目の前に飛んできた< 災淵黒獄反撥魔弾(レイル・フリーエル) >を、< 根源死殺(ベブズド) >の右手で弾き飛ばす。

その方角にもう一つの魔弾があり、両者が衝突すると、二つの魔弾はともに消えた。

「なかなか面白い術式だな。衝突したものの魔力を吸収して跳ね返るため、同じ魔弾が衝突すると、共倒れするというわけだ」

奴が洗礼用に展開した魔法陣に魔力を送る。

俺の手の平から、四発の< 災淵黒獄反撥魔弾(レイル・フリーエル) >が出現し、それを飛ばして、残り四発の魔弾を相殺した。

「次が三周目」

コーストリアは言った。

「< 極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア) >以上の魔法があるなら、見せてみたら? できるならね」

ずいぶんと見透かしたような口振りだな。

「できぬと思うか?」

「君の力は知っている。よくね。その魔法は、災厄そのもの。私に扱えないほどの術式なら、それは必ず、他者に災禍をもたらす」

興味深いことを言う。

「では、賭けてみるか? 結界やそれに類する魔法を使わず、第三者にも一切危害を加えずに、お前が行使できぬ術式を構築すれば、俺の勝ちだ」

不敵に笑い、奴に言った。

「そのときはお前に、災禍の淵姫について話してもらう」

「構築できなかったら、君の一番大切なものを教えてもらうよ」

恨みを込めるように、コーストリアは言う。

「君の目の前で、無残に壊してやる」

「決まりだな」

< 契約(ゼクト) >の魔法陣を描けば、迷いなく彼女はそれに調印した。

さて――

「サーシャ。あれを貸せ」

俺は< 魔王軍(ガイズ) >の魔法線をつなぎ、彼女に魔力を融通する。

「反則だわ」

言いながら、サーシャは自らの瞳に手をかざし、影を作る。

その影が次第に形を変え、ある象を構築していく。

さっと彼女が手を振り下ろせば、<終滅の神眼>の奥に城の影が見えた。

サーシャの視線は太陽の如く、この場を照らす。

俺の足元に、黒い点が現れた。それは少しずつ広がり始める。

まだまだ不慣れのため、時間がかかる。

だが、俺の<混滅の魔眼>の半分を受け継ぎ、破壊神の権能を有する彼女には、それができる。

足元の黒い点が一気に広がり、それが棒状になって、やがて剣の影を作る。

それを投影するための物体はなく、ただ影だけがそこにあった。

合計三分か。維持できる時間も長くはないだろう。

急場では使いづらいが、今は上出来といったところだ。

彼女の視界は今、かつての魔王城デルゾゲードの中と同じ。

その 魔眼(め) は、< 理滅(りめつ) の魔眼>と化している。

「来い、ヴェヌズドノア」

影の剣が浮かび上がり、俺はその柄を手にする。

闇色の長剣ヴェヌズドノアが現れた。

「さあ、試してみよ」

跳躍し、俺は教壇に降り立つ。

闇色の長剣を振るえば、コーストリアの影のみが切断される。

それが変形し、魔法陣に変わった。

< 理滅剣(ヴェヌズドノア) >を発動するための術式だ。

通常はサーシャがいなければ使えぬが、洗礼のルールに則り、すでにその術式に必要なだけの力は注いである。

コーストリアは魔法陣へと顔を向けた。

瞳を開かないその状態で、果たして見えているのか、彼女は指を伸ばし、魔力を送った。

「影を切断し、魔法陣にする剣――違う。これは、秩序を乱す魔法」

コーストリアは、ヴェヌズドノアの特性を即座に見抜き、更にその深淵に迫っていく。

「術式の構築には、破壊神の権能を利用。違う。あくまで力を制御するための封にすぎない。魔法の本質は、もっと深く、もっと底――」

更に深淵を覗こうとする彼女に、< 理滅剣(ヴェヌズドノア) >の魔法陣が牙を剥く。

コーストリアは影の魔法陣の中へ飲み込まれ始めた。

「……く…………」

手の先が影に変わり、それが肘にまで波及し、肩まで黒く染まる。

「……こ、のっ……」

あがけばあがくほどに、奴はみるみる魔法陣に飲まれ、とうとう体の半分ほどが影に変わった。

「負けを認めるなら、消してやるぞ」

ゆるりと奴の前にまで歩を進め、俺は言う。

しかし、コーストリアはすました顔で答えた。

「誰が」

彼女は魔法陣から離れようとせず、逆に思いきりその中へ飛び込んだ。

全身が影に染まった、その瞬間――

「……あ、そっか。なーんだ」

影が反転するかのように、コーストリアが元の姿を取り戻す。

「わかっちゃった」

得意気に言い、彼女は薄く微笑んだ。

「この術式を理解するには、影に飲まれるのを恐れてはだめ。深く、深く、影の深淵へ沈み込んで、そこで初めて見えてくるものがある。理を破壊する滅びの力が」

コーストリアは手をかざし、そして言った。

「理解したよ。こう、ヴェヌズドノア」

そう口にすると影の剣が、彼女の足元に現れた。

ゆっくりとそれは浮かび上がり、柄をコーストリアの方へ向ける。

それを手にし、彼女はくすりと笑った。

「ほら、できた。君の負け」

宙に浮かび、俺の間近に顔を近づけ、彼女は告げる。

「教えて。君の一番大切なものを。それを、今すぐ壊してあげ――え?」

コーストリアの口元から、血が滲む。

彼女はゆっくりと視線を落とし、目を見開いた。

そのガラス玉の義眼に、ヴェヌズドノアが映っている。

闇色の長剣は、彼女の手から離れ、その胸を串刺しにしていた。

「……な……ん……で? 術式は正しく……行使した…………なにも、間違えてはいない……」

「くはは。ようやく理解したな、コーストリア。間違えていないのに、間違えた。それが、< 理滅剣(ヴェヌズドノア) >だ」

浮力を失い、落下したコーストリアは床に膝と手をつく。

足元で這いつくばる彼女を見下ろしながら、俺は言った。

「正しく使ったからといって、貴様に使いこなせると思ったか」