作品タイトル不明
深層大魔法
体の回転をぴたりと止める。
< 思念平行憑依(リクスネス) >の魔法を解除し、一〇〇体の人形を消した。
「ふむ。俺の番か」
そう口にするや否や、大僧正ベルマス、百識王ドネルド、導師リップは身構え、魔眼を光らせた。
どんな術式だろうとその深淵を覗き、行使してやると言わんばかりだ。
「来るがいい。先の屈辱、今度は君にお返ししよう。あらゆる魔法に精通する、この百識王の名は伊達ではないぞ」
百識王ドネルドが捻った首をゴキゴキと鳴らし、
「オイラも新入りにやられっぱなしじゃ癪だからね。今度はアンタを驚かせてあげるさ」
導師リップは、魔力を込めた指先で目の周りに隈のような化粧を施す。
魔眼を強化する術式だろう。
「ずいぶんとかぶいたものだが、回ろうと回るまいと結果は同じ。あくまで一周目を突破しただけだ。次は更に難度を上げる。お主の順番で、一人くらいは脱落させなければ二周目で終わりと思いなさい」
大僧正ベルマスがそう減らず口を叩く。
更に百識王ドネルドは、首に手をやりながら言った。
「といっても、この深層講堂であらゆる魔法を見てきた我々にとっては、浅層世界の魔法など至極簡単。一つ、アドバイスをしておこう。先に、我々が構築した魔法陣こそが、すなわち我々が不得意な魔法を知る鍵となる。しかし、君が一番脱落させるべきは、まだ魔法を見ていない聖上六学院のコーストリア氏だ」
理路整然と説明を続けながらも、ドネルドは俺に揺さぶりをかけてくる。
「我々三人の内、誰か一人を確実に脱落させられそうな術式を選ぶもよし、一か八か、一番厄介なコーストリア氏が行使できなさそうな魔法に賭けてみるもよし。まあ、君はできないと言われればやりたがる性分に思えるが、どうかな?」
俺のプライドをくすぐり、コーストリアに狙いを絞らせたい、といったところか。
要は、自分たちの不得意な魔法を使われたくはないのだ。
情報がない彼女を脱落させるのは至難。まんまと全員で生き延び、二周目に入る、というのが恐らくは百識王が描いたシナリオだ。
俺の力ならば、聖道三学院の弱点を看破し、その魔法を選択できると評価してのことだろうが、甘い。
奴はまだ俺を侮っている。
「パスだ」
沈黙が辺りを覆った。
一瞬、彼らはなにを言われたかわからないといったように呆然とする。
「……パスとは? どういうことだ、それは?」
大僧正ベルマスが問う。
「まだお前たちの深層大魔法を見ていない」
俺は首の力で跳躍し、くるりと回って机の上に着地した。
「我が魔王学院は、この銀海に出たばかり。深層魔法の知識が心許ない。これでは新たな魔法も作れぬ」
そう口にすれば、奴らは目に見えてはっきりとわかるほど憤りをあらわにした。
「君の力は十分に評価する。我々とは異なる進化を経た小世界、どうやら、想像以上にこちらの物差しでは計り難い。しかしね」
百識王ドネルドは言った。
「アノス君。さすがに、それは不遜がすぎるのではないかな?」
「お前たちこそ、俺が泡沫世界の元首だからと知らず知らず頭の中で限界を定めてはいないか? これ以上はありえない、とな」
ドネルドは一瞬押し黙る。
俺はゆるりと指先を向け、コーストリアを指した。
「さあ、次はお前の番だ。さっさと来い」
すると、すました顔で彼女は言った。
「私もパスするよ」
「ほう」
「君が彼らを怒らせた。きっちり片付けたら、相手してあげる」
そう言って、高みの見物を気取るように彼女は机の上で足を組んだ。
『「< 聖句封印解除(ヴァウンド) >」』
聖句を口にすると、大僧正ベルマスの全身から、文字の形をした魔力が夥しいほどに溢れ出す。
『「ドネルド、リップ。残念ながら、お二人の出番はない。お主らにも発動することのできぬこの魔法を使うのだから――」』
言葉が魔力を持ち、それが五人分の多重魔法陣を形成する。
聖句が講堂中に反響し、声が目に見えて具象化するほどの凄まじい力を発揮する。
「くはは。そいつを待っていたのだ。さあ、見せてみよ」
『「いいえ、とくと聴きなさい」』
奴がただ喋る。
ゴォン、ゴォン、と鐘の音に似た音が幾重にも重なり、反響した。
『「聖句はやがて至上の真理に変わりゆく。この調べは、深層三一層、聖句世界アズラベンの歴史上ただ二人しか発することのできない 無常(むじょう) の 響(きょう) 。千年に渡る瞑想を経て、悟りを開いた者のみが到達する 頂(いただき) 』」
その言葉の一つ一つが聖句となり、魔力が講堂中に充満していく。
『「さあ! 拝聴せよっ! この深層大魔法――」』
骸骨の仮面が、顔中を覆うように変形した。
『「< 祈希誓句聖言称名(アドニア・エル・ヘルマケス) >ッッッ!!!」』
響き渡ったのは清らかな言葉と声。
それと同時に、すべての机が砕け散り、椅子が吹き飛んだ。
深層講堂がガタガタと音を鳴らして揺れ、物という物が弾け飛んでいく。
それだけではない。
こうしてここに立っているだけで、体に強い圧力を感じる。
魔法? いや、違う。
これは、この第七エレネシアの秩序による力だ。
「< 祈希誓句聖言称名(アドニア・エル・ヘルマケス) >は、神を称える聖句魔法なり。任意の神性を高めるこの魔法は、聖句が届く範囲で神の秩序や権能を強化せしめる。今それがしが称えしは、この第七エレネシアにおける破壊神ウォーザーク。おわかりか?」
けたたましい音を鳴らしながら、< 異界講堂(ゴゾット) >の壁という壁が崩れ落ちていく。
「なにもせずとも、場が滅んでいくほど破壊が強まったこの領域で、攻撃魔法を放てば、結果は明白。局所的には中層世界の秩序力を、深層世界レベルまで引き上げる。これこそ、我が聖句世界における深層大魔法であるっ! 到底、真似できる代物では――」
ゴォン、ゴォン、と鐘の音に似た音が反響した。
「――な……ま……ま、さか……これは……この音はぁっ……!? まさか、そんなはずがぁぁっ……!?」
『「< 祈希誓句聖言称名(アドニア・エル・ヘルマケス) >」』
俺の言葉に、深層講堂が震撼する。
あまりの振動に立っていられず、ベルマスは咄嗟に柱にしがみついた。
「むっ、無常のぉぉっ、響おおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ……!!!!」
俺が使った< 祈希誓句聖言称名(アドニア・エル・ヘルマケス) >により、二つの秩序が鬩ぎ合い、ガタガタとこの場を激しく縦に揺らした。
まるで巨人が上下に振る箱の中にでも入っているかのようだ。
だが、破壊は一切起こっていない。
物質がより頑強になっているからだ。
「破壊に耐えうるように、堅固の秩序を称えてやれば、力は釣り合い、崩壊は起こらぬわけだ」
もっとも、平素の安定した秩序とは違うがな。
「………ば、馬鹿……なぁ…………いかに、それがしが魔法陣を構築しているとはいえ……こんなことができる者が、聖句世界以外に…………」
「次だ」
「…………な、に……?」
「これで終わってしまっては残りの二人に不服があろう」
導師リップと百識王ドネルドは、< 祈希誓句聖言称名(アドニア・エル・ヘルマケス) >を行使できない。
ルール上は脱落となるが、それではつまらぬ。
「許す。俺に一矢報いてみよ」
「気前がいいねえっ。それじゃ、お礼に」
導師リップが、足元に多重魔法陣を描いていた。
「たっぷり後悔させてあげるさぁっ!!!」
大量の魔法の粉が広がっていくと、辺りは化粧を施されたように、がらりと姿を変えていく。
「< 界化粧虚構現実(ハイリヤム・ペーレーム) >」
あっという間に講堂は消えてなくなり、俺とリップは荒野にいた。
他の者の姿は消えており、空には七つの月が浮かんでいる。
俺たちは先にパブロヘタラの立体魔法陣が生みだした< 異界講堂(ゴゾット) >にいたはずだが、それを上書きするとは並大抵の魔法ではない。
「ようこそ、魔法の使えない世界へ」
リップがピエロのように、おどけて笑う。
「粉塵世界パリビーリャの深層大魔法< 界化粧虚構現実(ハイリヤム・ペーレーム) >は、世界を思い通りに化粧する。この場所じゃ、もう魔法は使えないさ」
「ほう」
魔法陣へ魔力を送ってみるが、確かに、なんの反応もない。
「言った通りさ。オイラだって使えないんだからね」
リップが魔力を放とうと手を振るが、やはり同じだ。なにも起こらぬ。
「なるほど。自らもリスクを引き受けることで、格上の相手だろうと魔法を封じることができる――」
得意気にリップが笑う。
「――と、信じさせたいようだな」
リップの笑顔を引きつった。
「< 界化粧虚構現実(ハイリヤム・ペーレーム) >は、その領域にいる者が信じることにより、領域の秩序を決定する。つまり、俺とお前がここは魔法が使えぬ世界と了解すれば、本当に魔法が使えなくなるわけだ」
俺は魔法陣へ魔力を送る。
「魔力が見えぬのは、ただの幻覚にすぎぬ。< 変幻自在(カエラル) >と同じく五感も魔眼も騙しているが、実際には魔力は送られている」
俺の足元に多重魔法陣が描かれ、そこから魔法の粉が一気に広がった。
「< 界化粧虚構現実(ハイリヤム・ペーレーム) >」
俺が使ったその深層大魔法により荒野が上書きされ、あっという間に草原へと化粧された。
勢いよく風が吹き、千切れた無数の草が宙に舞う。
「……アノス・ヴォルディゴードだっけ?」
リップは呆然と呟き、ピエロの顔を俺へ向ける。
「アンタ、何者なのさ? オイラの深層大魔法が、こんなに簡単に見抜かれるなんて」
「なに、本来は搦め手を必要とする魔法だろう? 真っ向から術式を見せるだけの洗礼のルールには、あまり適しているとは言えぬ」
この深層大魔法のキモは術者の狙いをどこまで相手に隠せるかだ。
それが決まりきっている洗礼では、本来の力は発揮できぬ。
奴も承知の上だっただろうがな。
< 界化粧虚構現実(ハイリヤム・ペーレーム) >を解除すれば、魔法の粉がキラキラと飛び散っていき、元の< 異界講堂(ゴゾット) >へ戻った。
「次だ」
「無論――そうだろうと思って準備をしていたよっ! 魔法技術に秀でた導師リップでも、君を上回ることはできないだろうとねっ!!!」
百識王ドネルド・ヘブニッチの頭からゆらゆらと思念波が漂う。
それは魔法線だ。後ろに座っている彼の学院の生徒たち、一〇〇余名とつながっている。
「認めよう。アノス・ヴォルディゴード。君は魔法のスペシャリスト。その君を魔法で上回るには、技術や魔眼で勝負してはならない! 純粋な魔力の強さと量こそが、唯一、魔の神髄を実現する君を制すっ!!」
尋常ではない魔力が、ドネルドの周囲に渦を巻き、赤きオーラを立ち上らせる。
思念と思念が同調することで、全員の魔力が数倍にも膨れあがっている。
百識王はそれを一滴残らず、魔法陣に注ぎ込んでいた。
「見るのだ。これこそ、我ら百識学院一〇八名にて魔力を振り絞り、初めて成る思念世界ライニーエリオンの、深層大魔法――」
ドネルドから放たれた思念が、像をもち、実体化していく。
「< 剛覇魔念粉砕大鉄槌(ゴルゴン・ドルラ・ガデングス) >ッッッ!!!」
巨大な思念の大鉄槌が、ダッガアアァァァァンと叩きつけられ、教壇を粉砕する。
それだけの威力ならば、他に被害が広がってもよさそうなものだが、教壇以外は僅かに床がひび割れる程度だ。
破壊対象が限定されている。
「……はぁ…………はぁ…………」
大量の魔力を一気に放出したドネルドは、肩で大きく息をする。
「どうかね? 絶対粉砕の力を宿した、思念の大鉄槌は。破砕できぬものなきこの魔法、君たち魔王学院が真似でき――」
ドネルドが、呆然と目の前の光景を見つめた。
奴が生み出した物よりも二倍ほど大きい思念の大鉄槌がそこにあった。
「う、あ……あ、あ……」
「< 剛覇魔念粉砕大鉄槌(ゴルゴン・ドルラ・ガデングス) >」
ドッガッゴオオオオオオオォォォォンッと、俺の大鉄槌は、奴の作りだした大鉄槌を上から叩きつけ、粉々に粉砕した。
「ば…………が…………ご…………」
思うように回らぬ口で、ドネルドはかろうじて言葉を絞り出す。
「……ご…………ご…………< 剛覇魔念粉砕大鉄槌(ゴルゴン・ドルラ・ガデングス) >を、たった……一人で…………」
「粉砕するというイメージ、思念の力にて絶対粉砕を成し遂げる大鉄槌か。物質よりも、魔力や魔法を破壊するのに適している。本来は相手の攻撃魔法、あるいは魔法障壁を粉砕する深層大魔法といったところか」
俺は手をかざし、多重魔法陣を描く。
「では、俺の番だな」
同じ術式のものを、他の四人の目の前に展開する。
黒き粒子が、俺の体から立ち上り、激しく渦を巻き始めた。
「これが行使できるなら、二周目の失敗はチャラにしてやるぞ」
果たして、銀水聖海では何人ほどの使い手がいるのか。
言葉で聞くより、見た方が早い。
なにより、確かめておきたいのはコーストリアだ。
俺は< 飛行(フレス) >にて天井近くへ飛び上がり、多重魔法陣の砲塔を真下へ向ける。
「< 極獄界滅灰燼魔砲(エギル・グローネ・アングドロア) >」