軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不完全なる生誕

「……おの……れぇ…………!」

双頭の蛇から、口惜しそうな声が響いた。

鎖に縛られたその体から、赤い糸がほつれ、みるみる天へと上っていく。

「……許されはせん……この不適合者め……! わかっておるのかえっ? この世界の秩序を壊そうなどと……決して許されはせんっ……!!」

「そう心配するな。お前に許してもらおうとは思わぬ」

弱々しく今にも消えそうな堕胎神の秩序を、<滅紫の魔眼>にて眺める。

「……そちの敵は、妾だけではないんえ。あらゆる神が、この世の秩序が、そちの行いを許しはせん……この世界では妾たちが秩序……いかに抗おうと行きつく先は一つじゃ。従う以外に道などありんせん……!」

「くはは」

一笑に付し、アンデルクを見下ろしてやる。

「寝言は寝てから言うものだ」

俺の魔眼が滅紫に輝けば、ジャランッと音を立てて、緊縛神の鎖が床に落ちた。

双頭の蛇の体を形成していた赤い糸が一瞬にしてほどけ、消滅したのだ。

「ほ、滅んじゃったぞっ!?」

「なに、秩序が裏返ったにすぎぬ」

アンデルクが消えた場所から数メートル横に、淡い光が集い始める。

それは人型を象り、生誕神ウェンゼルが顕現した。

「調子はどうだ、ウェンゼル?」

彼女はこくりとうなずき、穏やかな表情を浮かべた。

「ありがとうございます。魔王アノス。信じがたいことではありますが、堕胎の秩序は衰退し、生誕が隆盛を極めています。望まれない命が再び生まれようとしない限り、アンデルクが自然と姿を現すことはないでしょう」

「えーと、裏返っている間に滅ぶことはないのかな?」

エレオノールの質問に、ウェンゼルは答える。

「堕胎の秩序は自然と次の機会に備えるため、力を回復させることでしょう。わたくしが表に出てきている以上、彼女の意思がその神体や秩序に影響を与えることはありません」

生誕神ウェンゼルは、エレオノールを優しく見つめる。

彼女の顔と、魔法線のようなへその緒を。

その先を辿れば、卵のような光の殻が輝いている。

「今、エンネスオーネがここに生誕します」

厳かに、生誕神ウェンゼルが両手を掲げる。

描かれた魔法陣が、エンネスオーネを祝福するように包み込む。

そうして、光の殻にヒビが入った。

シャンシャン、と心地良い音色を響かせながら、そのヒビが広がっていく。

「……エンネッ……がんばれ……ですっ! がんばれ……です……!」

生誕を応援するように、ゼシアが手を大きく振りながら、声を上げた。

それに応じるように、光の殻は割れ、中から無数の羽が勢いよく溢れ出す。

シャンッと一際大きな音が鳴った。

光の殻は完全に割れ、羽が天高く舞い上がってはひらひらと落ちてくる。

エレオノールのへそから伸びた魔法線が、役目を終えたように、そっと切り離され、彼女の胎内へ戻っていった。

「……初めまして……って言えばいいのかな……?」

照れくさそうに、彼女は笑う。

そこに立っていたのは、変わらず小さな女の子である。

「ウェンゼル、魔王アノス、エレオノール、ゼシアお姉ちゃん……ありがとう……」

背中に二枚の小さな翼が生えた以外は、根源胎児だった頃のエンネスオーネと殆ど変わっていない。

けれども、深淵を覗けば、確かな魔力が彼女の根源から発せられていた。

「……エンネ……!」

ゼシアが両手を広げると、エンネスオーネは駆け出して、彼女に抱きついた。

「エンネ……産まれました……!」

「うんっ……! エンネスオーネは生まれたよ。ゼシアお姉ちゃんの妹として、生まれたの……!」

「……大手柄……です……!」

二人は嬉しそうに見つめ合い、互いに笑顔を浮かべていた。

「……あの、ね。もう時間がないの」

そう言ったエンネスオーネは、真剣な表情を浮かべていた。

「……エンネ……? どこか……行きますか……?」

ゆっくりと彼女は首を左右に振った。

「エンネスオーネは思い出したの。 根源降誕(こんげんこうたん) の魔法秩序、それがエンネスオーネ」

ふむ。では、その片鱗が、< 根源母胎(エレオノール) >だったというわけか。

「えーと、降誕ってなんだっけ?」

顔に疑問を浮かべながら、エレオノールが首を捻る。

すると、ウェンゼルが言った。

「偉人や聖人、偉大な王などがこの世に生まれることを降誕と言います」

「わおっ。じゃ、エンネちゃんは、すっごい命を生むってことだ?」

エンネスオーネは頭の翼をパタパタとはためかせる。

「すごいかはわからないけど、エンネスオーネは秩序の枠から外れた、新しい命を生むために生まれたの。新しい人類を」

「んー? えっと……エンネちゃんは降誕の神様で、人間とか魔族とはまた別の命を生むってこと?」

パタパタと頭の翼を動かしながら、彼女は言った。

「エンネスオーネは少し特別なの。秩序だけど、神じゃなくて、エンネスオーネという名の一つの魔法秩序。神の秩序が支配する世界を優しくするためにミリティアが創造した、魔王のための魔法なんだ」

エンネスオーネは、くるりと踵を返した。

「だけどね、だめなの」

「というと?」

ゆっくりと歩きながら、エンネスオーネは口を開く。

「エンネスオーネは優しくない。やっとわかったの。みんなをここへ呼んだ理由。エンネスオーネは待ってられなかった。エンネスオーネは、早く生まれなきゃいけなかった」

彼女は、ちょうどウェンゼルが閉じ込められていた魔法の檻の辺りで立ち止まった。

ミーシャとサーシャが床に横たわっている。

アンデルクが消えたため、じきにその魔法効果も消え、立ち上がれるだろう。

エンネスオーネは、二人を悲しげに見つめた後、ボロボロに崩れた壁画に視線を移した。

「見て」

様々な模様や絵が描かれた壁画の中、彼女が視線を向けたそこには、ある魔法陣が刻みつけられていた。

「えーと、相合い傘魔法陣だぞ?」

「……ウェンゼル……アンデルク……です……」

エレオノールとゼシアが言った。

「地上では相合い傘魔法陣と呼ばれているのですね」

二人はウェンゼルを振り返る。

「神界だと違うのかな?」

「これは、背表背裏の姉妹神を表す記号です」

エレオノールがはっとして、エンネスオーネに視線を移した。

「みんなは、たぶん、見たことあるはずなの。デルゾゲードに、アベルニユーが描いていたから」

確かに、刻みつけられていた。

ミリティアとアベルニユーの名で。

「確か、ミリティアはアベルニユーに会うことができぬと言っていたな。彼女たちが、アンデルクとウェンゼル同様、背表背裏の姉妹神だったからか」

サーシャの根源を< 分離融合転生(ディノ・ジクセス) >にて二人に分けたとき、その一方がミーシャという人格を宿した理由がこれか。

元々彼女たちが二人だったからだ。

体は一つで、意識は二つ。

いや、少し違うか。

もしも、そう考えるのならば――

「きゃっ……!!」

俺の思考を分断するかのように、芽宮神都が激しく震撼した。

「……地震……です…………!」

「いや――」

大きな魔力を頭上に感じ、見上げれば、空にある海が真っ二つに割れている。

そこに、城が浮かんでいた。

デルゾゲードと同じ、立体魔法陣の城。

「……あれ…………エーベラストアンゼッタだぞっ……!」

エレオノールが声を上げながら、遙か頭上に浮かぶそれを指さした。

地底にあったはずの神代の学府、エーベラストアンゼッタ。

その姿も、その魔力も、かつて見たその城に間違いなかった。

「……ミリティア……」

エンネスオーネが浮かない表情で言った。

「魔王アノス、あれはミリティアだよっ。エンネスオーネの秩序が生まれたのをきっかけに、起動したの。早くしないと――」

その言葉を裏づけるように、ひらひらとエーベラストアンゼッタから、無数の雪月花が舞い降りてくる。

城に魔法陣が描かれ、白銀の光が降り注ぐ。

それは、床に倒れたミーシャを柔らかく包み込んでいた。

輝く蒼白い星、創星エリアルが白銀の光を辿り、彼女の中に溶けていった。

静かに、ミーシャが体を起こす。

その両眼は、蒼白く輝いていた。

「エンネスオーネ」

そっと、ミーシャは言った。

いつもと同じように淡々と。

けれども、いつもとは少し違い、神々しい静謐さが声から溢れた。

「すべてが終わるまで、秘密にしてって、言ったのに」

「……だけど……エンネスオーネは……」

「やっぱり、わたしは創るのが下手」

そう口にして、ミーシャは俺を見た。

彼女はゆっくりとこちらへ歩いてくる。

俺も前へ歩み出た。

「ふむ。まあ、しかし、数奇な巡り合わせだな。すべてが予定通りといったわけでもあるまい」

ぱちぱちと瞬きをして、彼女は静かにうなずいた。

「思い出したか、ミリティア?」

「二千年ぶり」

淡々と彼女は言った。

「訊きたいことばかりがあるが?」

「知ってる」

そう口にして、彼女は俺に問いかけるような視線を向けた。

「先に訊いてもいい?」

「構わぬ」

「大切なのは、秩序か、人か?」

エーベラストアンゼッタに刻まれていた問いだ。

「人が生きるために、秩序が必要だ。逆ではない」

即座に答えれば、小さな神は薄く微笑む。

「この日と、あなたを、わたしは待っていた」