作品タイトル不明
受け継がれた呪い
イージェスが守る三〇番目の縦穴を目指し、俺とジステは歩いていく。
街の様子を注意深く観察してきたが、特に変わった様子はない。
魔法の時代に、どこにでもありふれている平和な光景だ。
戦争に対して、不安を吐露する声もまるで聞こえてこない。
インズエル軍が勇議会を捕らえ、ガイラディーテに反逆しようとしていることも、民たちは恐らく知らないのだろう。
平和な世に、誰も好きこのんで争いをしたくはない。
それでも、エティルトヘーヴェを自ら戦場と化すならば、伝えておくのが王としての最低限の務めであろう。
それをしていないのならば、この戦いに民意はあるまい。
「ジステ。カイヒラムの借りというのは、心当たりはあるか?」
うなずき、ジステは言った。
「たぶん、カイヒラム様のお師匠様のことだと思うわ。ノール・ドルフモンド様、知ってる?」
懐かしい名だな。
「呪詛魔法に精通したドルフモンドの長か。魔法老師の二つ名を持っていた。一度会ったが、その頃には己の身に呪いをかけすぎ、もう寿命が尽きかけていたな」
そのためか、ドルフモンドの血族たちは大戦の最中も、あまり派手な動きを見せることはなかった。
人間にも、魔族にもかかわることなく、ひたすらに己の魔法の深淵を見つめていた。
そういう学者肌の魔族も、希にだが存在する。
「カイヒラム様は、ドルフモンドの末裔なの。血族の中では変わり者でね。ドルフモンドの力をディルヘイドに知らしめるって言ってきかないものだから、ノール様に絶縁されたの。カイヒラム様は、一生ドルフモンドを名乗ることが許されない呪いを受け入れ、ディルヘイドの争いに身を投じたわ」
カイヒラム・ジステを名乗り、四邪王族の一人、詛王にまで上り詰めたというわけだ。
まあ、いつジステの人格が現れたのかは知らぬが。
「大戦が終わった後、魔王様が転生した後ね。ドルフモンドの城に、突然ありとあらゆる呪詛が溢れ出して、彼らを滅ぼし始めたの。ノール様の寿命が尽きかけたことで、抑えられていた呪いが根源の外に溢れ出したのよ」
ノール・ドルフモンドは、魔法の研究のため自らに呪いかけては試していた。
代々受け継がれてきたその根源は、生まれながらに呪詛を孕んでいる。
呪いに対しては強い抵抗力を持つのだろうが、滅びを前にして、とうとう抑えきれなくなったのだろう。
「ノール様は生前、お弟子さんに言ってらしたの。自分の寿命が尽きるとき、その呪いがディルヘイドの民に迷惑をかけないよう、いよいよとなれば、誰かに呪い殺してほしいって。そうして生涯をかけて、自分が深淵を覗いてきた呪詛を引き継いでほしいって」
ひたすらに深淵を目指した老師らしい台詞だ。
「でもね。ノール様のお弟子さんは沢山いたけれど、城にいた誰もその呪いを止めることはできなかったの。予想以上にノール様を蝕んでいた呪詛は強くて、あっという間にドルフモンドの城を飲み込んでしまった。彼らはただ逃げるしか術はなかったわ」
無理もあるまい。
ノール・ドルフモンドが、一生涯をかけて積み上げてきた呪詛だ。
生半可な力と覚悟では止められぬ。
「カイヒラム様はそれを知り、ドルフモンドの城に戻ろうとしたわ。でも、迷っていたの。自分は絶縁された身だから、ノール様の遺言を果たすことはできないって。正式にドルフモンドの名と魔法を継ぐことができる者が、ノール様を止めてあげなければいけないから」
「ふむ。しかし、正式な弟子たちは皆、その呪詛の前に歯が立たなかった。さぞ、もどかしかったに違いあるまい」
ジステはうなずく。
「カイヒラム様はノール様のお弟子さんを訪ねて、遺言を果たすように焚きつけたわ。だけど、みんな、ノール様の呪詛に脅えきっていて、城の近くに近寄ろうともしなかった。長兄にあたるお弟子さんは、カイヒラム様に言ったわ。お前が名声なんかを求めなければ、こんなことにはならなかった、って」
ジステは悲しげな表情を浮かべる。
「カイヒラム様は、ただノール様の魔法を世に知らしめて、自慢したかったの。子供みたいな人だから、隠居生活を送るノール様のことが、よく理解できなかったのね。本当は、俺様の師匠はすごいんだって、ただそれが言いたかっただけ」
そんな理由で四邪王族にまでなるとは、なんとも魔族らしい男だな。
「カイヒラム様は口には出さなかったけど、すごく後悔しててね。呪いが進むドルフモンドの城を、ただ遠巻きに見ることしかできないでいた。そんなときだわ。冥王様が訪ねてきたのよ」
薄く微笑みながら、ジステは言った。
「あんな呪いを撒き散らす城があっては迷惑だって。呪いを滅ぼすのに力を貸せって言ったの」
冥王らしいことだ。
「勿論、カイヒラム様がすぐに承諾するわけはないわ。二人は< 契約(ゼクト) >を交わして、決闘した。冥王様が勝てばカイヒラム様はドルフモンド城の呪いを滅ぼすのに協力する。カイヒラム様が勝てば、冥王様は配下になるって」
「冥王が勝ったというわけだ」
「そう。それで渋々カイヒラム様は、一緒にドルフモンド城へ向かった。本当はね、口実ができて嬉しかったのよ。絶縁されたから、弟子としてはその呪いを止めることはできない。でも、勝負に負けたんだから仕方ないって」
誰かが、背中を押してくれるのを待っていたのかもしれぬな。
「ドルフモンド城に溢れる呪詛を、片っ端から魔槍で異次元に飛ばした後、一番強い呪いをなんとかするように冥王様はカイヒラム様に言ったの。それはノール様の遺体から発せられている呪いだったわ」
一旦言葉を切り、またジステは続けた。
「カイヒラム様はその呪いを自らの根源に受け入れ、そしてノール様の根源を自らの呪いで滅ぼした。そうしたら、最後の呪いが発動したわ。ノール様が囁いたの。『見事なり、我が弟子よ。我が魔法は生涯、お前を呪い続けるだろう』って」
呪詛魔法の深淵を目指した師が、弟子に送った、この上ない賛辞であっただろう。
「ふむ。なるほどな。冥王の槍でも、次元の果てに飛ばすだけなら可能だっただろう」
ジステは、微笑みながらうなずいた。
「そうね。冥王様は、本当は一人でもドルフモンドの 呪城(じゅじょう) を、葬ることができたんだと思うわ。だけど、わざわざカイヒラム様に声をかけたの。そのことに気がついたカイヒラム様は、冥王様になぜ恩を売るような真似をしたのか尋ねたわ」
「なんと答えた?」
穏やかな表情を浮かべ、ジステは言った。
「『ただの成り行きだ』って言ったわ」
いつもの冥王だな。
「でも、その後に『ノール・ドルフモンドは、今際の際にそなたが来ることを願っていたようだ』って言って、ディヒッドアテムを見せてくれたわ。そこに、呪い文字が浮かび上がっていたの」
「予想はつく気がするな」
ジステは言った。
「『カイヒラム・ドルフモンド』って書いてあったのよ」
ノール・ドルフモンドは、自分を止められる弟子が誰なのか、知っていたのだ。
最期を迎える寸前、彼はカイヒラムを許し、自分の呪詛を引き継いでくれることを願った。
「冥王様は最初、一人ドルフモンド城に向かってね。城から放たれる呪いを受け止めたときに浮かび上がったその文字を見て、引き返したんだわ」
それでカイヒラムを誘ったというわけか。
イージェスもイージェスで、詛王のためにと言いたくはなかったのだろうな。
「呪いを受け継いだカイヒラム様は、それでもやっぱり落ち込んでいてね。そんなカイヒラム様に、冥王様は一言だけ言ったの。『戦乱の時代を生き抜いた師の心など、未熟な弟子にはわからぬものよ』って」
「それが、カイヒラムの借りというわけだ」
「たぶんだけど、でも、それしかないと思うわ。ノール様のことは、カイヒラム様にはとても大切なことだったの。きっと、冥王様は、そのときのカイヒラム様と同じぐらい大切なことを抱えている。どうしても、やらなきゃいけないことがあるんだと思うわ」
それが亡霊を葬るということか。
ただ葬るのが目的なのか、その先になにかあるのか?
聞いてみなければ、わからぬな。
『お兄ちゃん』
『創星エリアルっぽいのがあったぞ』
アルカナとエレオノールから< 思念通信(リークス) >が届く。
すぐに、アルカナの魔眼に視界を移した。
そこは、遺跡の縦穴を潜った場所。
地下に設けられた神殿のようであった。
建ち並ぶのはアーチを描く石造りの門。
門の先にはすぐ門があり、それが等間隔で延々と続いている。
すべての門をくぐった先に、古い壁画があった。
夜の空だ。
絵が描かれているのではなく、その壁画が夜空そのものなのである。
中心には蒼く輝く一つ星があり、その周囲に散りばめられた星々が瞬く。
星々は、蒼き星を守るかの如く、神々しい結界を創りだしている。
「んー、たぶん、この蒼いのが創星エリアルで、ここでそれをなんとか掘り出そうとしていたのかな?」
エレオノールが壁画近くにあった固定魔法陣に視線をやる。
比較的、新しく描かれたものだ。
魔法陣には、壁画の結界を壊さず、解除するための術式が組まれていた。
魔眼で結界の術式を見てみれば、力尽くで壊すことにより、創星エリアルがどこかへ飛んでいく仕組みのようだ。
そのため、強力な結界を、時間をかけて解除しなければならない、といったところか。
『ミリティアの秩序を使えば、結界は解除できよう』
すると、アルカナが言った。
「<創造の月>アーティエルトノアを使えば解除できるが、魔導王にも知れてしまうだろう」
『構わぬ』
「言う通りにしよう」
アルカナは頭上に手を掲げた。
「夜が来たりて、昼は過ぎ去り、月は昇りて、日は沈む」
エティルトヘーヴェの遺跡都市に、神の秩序が働く。
太陽がゆっくりと沈んでいき、昼が夜へと変わり始めた。
外が暗闇に閉ざされれば、<創造の月>が空に浮かび、その月光が目映く遺跡の縦穴に差し込んだ。
すると、壁画の夜空に、<創造の月>が出現する。
それが優しい光を放ったかと思うと、散りばめられた星々の明かりが消えていき、蒼い星だけがそこに残った。
アルカナが手を伸ばすと、その蒼い星、創星エリアルが壁画から飛び出してきて、彼女の手の平に収まる。
「記憶が封じられている」
『覗いてみよ』
こくりとうなずき、アルカナは言った。
「星の記憶は瞬いて、過去の光が地上に届く」
創星を覗き込むアルカナの魔眼に、過去の光景が映り出す――